71 / 88

(2)

「…あっ、紫村さん…?」 「うわー驚いたな。こんなところでみけくんに会えるなんて」 さつきの常連、紫村さん。 いつもの優しい笑顔。 ……あの時――さつきの前で、鋭い視線で立っていた紫村さんと違う。 あれは見間違い…だったのかな。 でもなぜか、今ここにいる紫村さんは、さつきにお客さんとして来てるときと、同じ優しい表情なのに怖く感じる。 早くその場を、立ち去りたい。 だけど紫村さんの話はまだ終わりそうになく、なかなかその場を離れることができない。 「あのーすいません」 そんなとき、つばきがぼくに向かって呼びかけた。 ぼくは慌てて紫村さんに一言入れて、つばきの座っている席の方へと向かう。 「大丈夫か?」 「うん。大丈夫だよ」 ぼくにしか聞こえないぐらいの小さな声のつばき。 「……あの客と知り合いなのか?」 「うん。さつきの方のお客さんで……」 「そっか」 つばきが紫村さんを鋭い視線でみつめてる。 「……なんかあの人ちょっと危険な感じがする…」 「えっ?」 「いや、勝手な俺のイメージだけど…」 きけん…。 さつきの前で、鋭い視線で睨んでいた紫村さんが頭をかすめる。 あのときの紫村さん、こわかった。 ぼくもこっそり、紫村さんの方を振り向く。 「――みけくん!」 「ぁっ、はい」 笑顔の紫村さんのもとへ向かう足取りが重い。 あんまり紫村さんと話したくない。 でも狭い店内は、少し歩けば目的地へとは着いてしまって……… 「みけくんのおすすめとかある?まだお昼食べてなくて、結構お腹空いてるんだよね」 「……えーと…エビピラフとか美味しいですよ」 「へぇー。美味しそう。じゃあそれお願いします」 「かしこまりました」 ぼくは一礼して、その場を離れようとしたと同時に、急に右手首を紫村さんに握られた。 「あのお客さんは、みけくんの知り合いなのかな?」 紫村さんが、つばきの方を目線でさしている。 「……ぇーと。マスターの作る料理が好きなお客さんです」 思わずそう答えてしまった。 紫村さんが射抜くような、鋭い視線でつばきを見ている。 そんな紫村さんがこわい…。 「そっか。そうなんだね。じゃあエビピラフ楽しみだなぁ」 すぐいつもの笑顔に戻った紫村さん。 「……マスターに注文の品、伝えに行っても――」 ぼくは紫村さんに握られている自分の手首を見た。 「あ、呼び止めちゃってごめんね」 紫村さんが握っていた手を離したので、すぐその場を後にして、カウンターの向こうにいるじいやにエビピラフをと伝える。 「大丈夫かい?」 「…え」 「顔色が悪いよ。少し裏で休んできなさい」 じいやのその言葉に甘えて、休憩所となっている厨房の裏へと移動する。 一刻も早く紫村さんのそばを離れたかった。

ともだちにシェアしよう!