「あら？紫村さん！」 「………こんにちは」 紫村さんは我に返ったように、さつきさんに一言挨拶をし、さっさと早足で僕たちから去っていった。 「みけくん大丈夫？」 さつきさんの優しい眼差しに思わず涙が溢れ出てしまう。 そんなぼくの涙をハンカチで優しくぬぐってくれたさつきさんは、「今日はお休みしてもいいのよ」と言ってくれたが、家にひとりでいるのも今朝の手紙のことを思い出しそうで、「大丈夫です」と笑顔で答えた。 さつきの方のお仕事も今日は比較的ゆっくりできた。 もしかしたら、紫村さんがお店に来るかもしれないとビクビクしたが、来る気配はない。 「あれ？元気ないね？大丈夫？」 カウンター席でひとりで来ていたお客さんがぼくに声をかける。 「……あっはい。大丈夫です」 優しい言葉をかけてくれたお客さまにできるだけ明るい声で答える。 「あら、今日はもう一人のイケメンさんはいらっしゃらないのね」 さつきさんが卵焼きを乗せたお皿を彼の前に置く。 「あぁー、アイツ誘ったんですけど、今日は大学の頃の同期と飲む約束があるとかで」 「そうなのね。残念だわ」 「えぇーさつきさんもしかしてアイツのこと………」 「ふふ。どうでしょう？でも藤宮さんもとっても素敵よ」 彼とさつきさんの会話を耳に入れながら、帰られたお客さんのテーブルを片付ける。 そういえば、この人先生だったよね。 前、お店に来た時に教えてくれたのを思い出す。 彼はスーツを着ていて、今日も仕事だったのが窺える。 つばきもやっぱり今日はお仕事だったのかなー。 つばきのスーツ姿かっこよかったよな…。 ぼくは前一度、遠目で見たつばきのスーツ姿を思い出す。 スラッとした身長に紺色のスーツがすごく似合っていた。 「えっなになに？俺のこと見つめて……」 「……あっ、ごめんなさい」 つばきのことを考えてたら、彼をじっと見つめていたようでぼくは慌てて視線を逸らして、テーブルの片付けの続きを再開する。 「謝らなくていいよ。なんかみけくんってかわいいね…」 「………え…？」 持っていたお皿を落としそうになり、慌てて持ち直す。 えーと……今この人…… ぼくは彼の顔を見つめるが、彼はビールを飲みながら卵焼きをつまんでいて、さっきの言葉は聞き間違いなのではないかと錯覚してしまう。 「ちょっと藤宮さんなに言ってるの？酔ってるのかしら？」 「えっ……なにが…？」 「無自覚ね…。もう、藤宮さんイケメンなんだから無闇に甘い言葉を言わないのよ」 さつきさんの忠告に首を傾げながらも返事している。 この人………天然…？なのかな？ ぼくはさつきさんと彼の会話が面白くて、思わず声を出して笑ってしまった。 そんなぼくの姿にふたり共にこりと笑みを浮かべていた。