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わかってるけど、先ほどのつばきの姿が頭をちらつく。
すごい幸せそうだった。
つばきは優しいから頻繁にぼくのところに会いにくる。
でもきっとあの彼女さんは嫌だよね。彼女なんだからつばきと一緒の時間を過ごしたいに決まっている。
苦しい。ふたりが一緒にいるところを想像するだけで胸が締めつけられる。
自分の胸を両手で押さえて蹲る。
堰を切ったように涙が溢れだす。
つばきから離れよう。
紫村さんに家まで知られているから帰れないし……。
そういえばあのドラマでも失恋した女性が、彼の元を離れてた。
ぼくは思わずあのとき観たドラマのヒロインと一緒の行動を取ろうとしていることに気づく。
「おい、お前大丈夫か?」
蹲っていたぼくは近くで聞こえた男性の声に顔を上げる。
声の主はぼくの前に立って見下ろしている。
「え、泣いてるのか……?」
怪訝な表情でぼくを見ていた男性は、慌てたようにしゃがみこみ、ぼくと同じ目線になる。
「………っ!」
しゃがみこんだ男性の遠く後ろに紫村さんの姿を見つけたぼくは、慌てて身を縮めて目の前にいる男性を盾に隠れる。
「お前、誰かから逃げてるのか?」
そんなぼくの姿に、すぐさまこの状況を察した彼は両手を広げて壁を作る。
紫村さんは辺りをきょろきょろと見渡している。
その顔は険しく、あの日さつきの前に立っていた紫村さんのようで恐怖を覚える。
ここにいたら、すぐ見つかってしまう……。
でもどうしたらいいのか考えても思いつかない。
「とりあえず行こう。逃げてる相手が近くにいるんだろ?」
彼はぼくの手を握り、きっぷが売られている機械まで歩く。
ぼくは彼の体に隠れながらそれについて行く。
彼は慣れた手つきで機械を操作し、きっぷを1枚買いそれをぼくに渡す。
「………あの…これ……?」
「この場所から離れねーと、ずっとここにいても見つかるのは時間の問題だぞ」
きっぷを買うため離していたぼくの手をもう一度握り歩き出す。
そのまま改札で彼はカードを翳し中へと入る。
きっぷを渡されたということは、でんしゃ、に乗るんだ……。
「おいどうした?」
「あの……ぼく…」
やっぱりでんしゃに乗るのは怖い。
改札の前で躊躇っていたぼくを邪魔そうにちらっと睨みながら、他の人たちが追い越して行く。
「———あっ!みけくん!」
紫村さんがさっきいた場所からぼくを見つけたようで駆け足で近づいてくる。
このままここにいたらだめだ。
意を決して改札の中に入ったぼくに「走るぞ」と彼は一言。
ぼくの手を取り走り出す。ぼくはそれに着いて行くのがやっとだった。
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