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海辺のダイアリー
────あのとき、でんしゃに乗ってやってきたのは、海がすぐ近くにみえる場所だった。
でんしゃに一緒に乗った彼はあのときまだ高校2年生で、そんな彼のお家は小さな民宿をしており、今はそこに住み込みで働かせてもらっている。
海が近くにあるからか、夏は旅行客でいっぱいで忙しいが、そのシーズンを過ぎるとお客さんは落ち着いている。
そんな日々を過ごして3年の月日が経っていた───。
ぼくは今朝帰られたお客さんが泊まっていた部屋の掃除をしながら、窓から見える海を見つめる。
つばきとは連絡は取っていない。
ううん、つばきの連絡先知らないから取る手段がない。
でも絹子さんとマスター、さつきさんにはあのあとすぐ連絡し、紫村さんのことなど全て話した。
さつきさんは電話口で「ごめんね。うちのお客さんが……」と泣いて謝り、ぼくもそれにつられて一緒に泣いてしまった。
「さつきさんは全然関係ないですよ」
そう伝え、この民宿のことを伝えたら、さつきさんは頻繁に遊びに来てくれるようになった。
「おはよー」
部屋の外から挨拶する声が聞こえ、海から廊下側へと視線を移すと、あのときぼくを助けてくれた彼、芦屋郁人 がいた。
「おはようございます。今から学校ですか?」
「おぉ。みけくんも頑張れよ」
芦屋くんは今、大学生で、でんしゃで1時間かかる大学に通っている。
「郁人!あらもう行くの?郁人におつかい頼もうと思ったのに…」
「おつかいなんて行ってる余裕ねーよ。じゃあな」
芦屋くんはお母さんに伝えながら、小走りで階段を降りている。
「おつかいなら、ぼく行きましょうか?」
「あらいいの?ごめんねみけくん」
「大丈夫ですよ。ちょうどお部屋の掃除も終わったところなので」
「ありがとうね。あーみけくんはほんといい子だわー」
前半はぼくに、後半部分は大きな声で芦屋くんに聞こえるように話すお母さん。
「はいはい。みけくんはいい子だよなー」
靴を履きながら、それに答える芦屋くん。
そのやりとりが面白くて思わず笑みがこぼれる。
こんな何気ない日常がとても居心地よかった。
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