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灰色生活に温かすぎる愛を

 暖かい布団の中で久しぶりに熟睡した僕が、目が覚めたのは夕方で、カーテンの隙間から見える空は夕日で茜色になっていた。  1日寝てしまった。  こんなにも熟睡したのは初めてだ…。  いつも母の帰ってくる前に家を出ないと行けなかったから、こんなにも何も考えずに寝たのは初めて。  僕はベットから降り、ひとつ大きな伸びをした。  ソファーの前の机には、メモ書きが残してあった。  〈ミケへ。学校とバイト行ってきます。昼ご飯、夜ご飯は勝手に冷蔵庫から食べてください。椿〉  漢字で書かれている部分は、所々わからなかったが、今つばきはここにいないということだろう。  それじゃあ、今のうちにここを出ないと。  お世話になったから、一言お礼言いたかったけど、仕方ない。  僕は部屋に干されていたハンガーから、昨日来ていた長袖シャツと短パンに着替え、部屋を出る。  鍵をかけられなかったことは、マンションを出たところで気がついた。  昨日歩いた道を歩き、海に着いた僕は、定位置である砂浜に座った。  もうすぐしたら、星が出てくる。  今日は星のでない昼間の時間帯を寝て過ごしたおかげで、すぐ暗くなった空に星が現れ始めた。  今日も他の星より、強く輝いてる星を見つけ、ほっこりする。 「――はぁはぁ……いた」  ずっと星を眺めていた俺の後ろから、聞き覚えのある低い声が聞こえた。 「帰ってきたらミケいないから、焦ったし。ほら帰るぞ」  僕の前に回り込んでしゃがんだつばき。 「……なんで…?」  何でつばきは、僕を?  冬なのに額に汗が滲んでいて、息が切れてる。  走って僕のことを探したの…? 「だって、お前帰る場所ないんだろ?俺ん家住めばいいじゃん」 「……いいの…?」 「別にいいよ。俺ひとり暮らしだし。ミケひとり来たぐらい何ともねぇーよ」  親指を立てて、グーサインを出したつばき。  僕の好きな笑顔で、たれ目の目尻が思いっきり下がっている。 「うっ……うううっ…」  涙が止めどなく溢れ出して、呼吸ができない。  今までどんなに母親に暴言を吐かれても泣かなかったのに、つばきのこの優しい笑顔を見てると自然と涙が溢れ出した。  つばきは咽び泣く僕に優しく笑いかけ、瞳に溜まった涙を親指で優しく拭ってくれた。 「ほら、帰るぞ。寒い中こんなところにいたら風邪引く」  僕の腕を握り、立たせてくれたつばきは、そのまま僕の腕から手のひらに移動して優しく握った。  誰かと手を繋ぐのも初めてで、つばきの大きい手が僕の手を優しく包み込んでくれている。 「バイト終わってご飯買って速攻で帰ったら、玄関の鍵開いてるし、中にはミケいないし、焦ったんだからな」  歩道を手を繋ぎながら歩いている僕たち。  僕より遥かに高いところにあるつばきの顔を見上げる。  下から見上げると、シュッとした顎のラインが綺麗に見える。 「お前、いつからあそこにいたんだ」  じっと下からつばきの顔を見上げていた僕の目をみた。 「……夕方から」  僕はその視線から歩いている道路に移した。  はぁーっとあからさまなため息を吐いたつばきは、僕の頭を軽く叩いた。 「バカかお前は。そんな薄着で何時間も海辺にいたら風邪引くだろ。帰ったらすぐシャワー浴びろ!」  怒っているつばき。  まるで、親が子供を叱るようで、温かく感じる。  つばきは、本当に温かい人だ…。

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