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今日はバイトが休みの俺は、学校が終わりすぐ家に帰った。
今朝、バイトは休みだから、早く帰るとミケには伝えといた。
玄関のドアを開けると、目の前に座って「おかえり」と微笑むミケ。
必ず俺が帰ってくると、そこでお迎えしてくれる。
俺はミケに「ただいま」と頭をポンポン撫でる。
目を瞑って黙って撫でられている姿が可愛い。
俺はすぐ制服から私服に着替え、ミケにももこもこ生地の温かいコートを着せる。
「今日はお出かけするぞ」
「…お出かけ?」
キョトンとした顔をしているミケと手を繋ぎ、マンションを出る。
この街は海沿いの田舎町。
店という店はない。
駅まで行けば、スーパーやちょっとした飲み屋はあるが。
若者向けの店や、ファーストフード店、書店までもない。
不便といえば不便な町だ。
ただ、電車で2駅行けば、ちょっとこなれた都会に着くから、若者はみんなそこに買い物に行く。
今日はそこにミケと行くために連れ出した。
というか、ミケはほとんど、というか全然、学校に通ってなかったみたいで、漢字が読めない。
ひらがなは辛うじて読めるみたいだが…。
さすがに日本人だし、常用漢字ぐらいは読み書きできないとこれからが大変だろうから、書店でドリルを買うためにわざわざ電車を使って2駅離れた街へ向かう。
あ、計算ドリルもか。
足し算、引き算、掛け算、割り算はできるようにならないとな。
切符をふたり分買い、電車へ乗る。
ミケは終始きょろきょろと周りを見ている。
前髪で隠れているが、きっと大きな瞳をこれでもかというぐらい見開いてるんだろうな。
俺は隣に座って窓の外を眺めているミケを見詰めた。
「…ね、つばき、今乗っているやつ何ていうんだ?」
いきなり此方を振り向いたミケ。
見詰めていたことが恥ずかしくなり、コホンと白々しい咳払いをする。
「……あっ、これは電車だ」
「でんしゃ。でんしゃ。でんしゃ」
何度も呟いたミケは、もう一度窓の外に視線を向けた。
目当ての駅に着き、はぐれないようにミケと手を繋いで電車を降りる。
そのまま、駅近くの大きい書店に入る。
俺たちの住んでいる町と比べられないぐらいの人の多さ。
夕方の時間帯とあり、賑わっている。
ミケは俺の手をぎゅっと少し強く握る。
そっか。ミケはこんなにも人の多いところは初めてか。
俺もミケの手をぎゅっと握り返して、ミケの顔を見た。
ミケは不安げに口がへの字に下がった顔で、見上げて俺の顔を見ている。
俺は微笑み、ミケの頭に手を乗せ「大丈夫。手を繋いでたら俺とはぐれない」と優しく言った。
ミケは少し顔を緩め、「うん」と頷いた。
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