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確かに、前髪もパッツンとかではなく、少し流すように切ってある。
しかも前髪以外にも横と後ろまで綺麗に切ってある。
「これでミケも髪洗うのもだいぶん楽になるぞ」
「うん」
自分が自分ではないみたい。
僕はぼーっと鏡に映る髪が短くなった自分を見つめた。
それから、脱衣所の掃除をしてソファーに座ったつばきは、数式がたくさん書かれているプリントを解いている。
僕は隣でドリルを開いているが、刻一刻と迫るバイトの時間に気が気ではなくて、なかなか進まない。
言い訳は考えた。
つばきに嘘をつくのはいけないとわかっているけど…。
「どうした?わからないところでもあったか?」
一向に進んでいないドリルに気づいたつばきが、手を止めて優しく聞いてきた。
「ううん。なんか今日あんまり集中できないから、気分転換に海にでも行こうかなーって思って…」
僕は俯いてできるだけつばきの顔を見ずに答える。
「そっか。じゃあ俺も行こうかな」
そう言いシャーペンを直そうとしているつばき。
「…え、いや。つばきは夕方からバイトだし、ゆっくりしたほうがいいよ。今日はひとりで海に行きたい気分だし……」
僕は早口で言い、立ち上がる。
「ふーん。まあ、ミケがそんなに言うなら…。でも温かくして行けよ。冬の海寒いし」
つばきは僕にもこもこのコートを着せてくれた。
「ちゃんと帰ってくるんだぞ。前みたいに海の中に入らないんだからな」
何度も僕にそう言い見送ってくれた。
よかった。とりあえずこれで安心。
今日行けば、当分の間は牛乳瓶回収も夕刊配達も休みだ。
夕刊配達のバイトまで終わり、つばきのマンションまでの道のりを歩く。
そうだ、久しぶりに海で星でも眺めようかなー。
僕は砂浜に座って、夜になるのを待った。
あっという間に暗くなる空。
星がまばらだが輝き始めている。
真っ先に、ひと際輝く星を見つけた。
この星の名前は、シリウスというらしい。
星の図鑑に載っていた。
何となく、何となくだけど、この星はつばきに似ている。
一際輝き続けて、周りの星たちも引き立たせている存在が、温かすぎるほどの手を差し伸べ周りを温かな気持ちにさせることができるつばきに似ている気がする。
僕はひたすら、その星を眺め続けた。
「―――ミケっ!」
ずっと星空を眺めていた僕の後ろから、聞き覚えのある低い声が聞こえた。
「……つばき」
「え、ずっとここにいたの?」
つばきがここにいるってことは、つばきバイト終わったってことだよね。
「まじ、もう。ちゃんと帰ってくるんだぞって言ったんだけど…」
呆れたように僕の隣に座ったつばき。
自分が巻いていた紺色のマフラーを僕の首にぐるぐる巻きつけた。
マフラーからはつばきの温かい体温と、少し甘いつばきの香りがする。
「手もめちゃくちゃ冷たいし」
はぁっとため息を吐いたつばきが僕の手を握った。
「……ごめんね」
怒っているつばきに素直に謝る。
まさかそんな長い時間、星空を眺めていたとは思わなかった。
「まぁいいよ。ミケ星も好きだもんな。時間忘れてずっと眺めてたんだろ」
優しく微笑んでくれたつばきは、ぎゅっと僕の手を握ってくれた。
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