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「――ほんとはあの時、嬉しかったんだ」
紅白を見入ってしまっていた僕は、隣に座っているつばきの呟きでテレビからつばきに視線を変えた。
あの時?
意味がわからず首を傾げている僕に、つばきは優しく微笑み頭を撫でた。
つばきのこの優しくて大きな手がほんとに大好きだ。
何度撫でられても飽きない。
ほんとはずっと撫でて貰いたい。
「ミケが俺に教師が向いてるって言ってくれたとき、めちゃくちゃ嬉しかった」
僕の頭を撫でながら、そう言ったつばき。
「……俺さ将来、教師になるのが夢でさ、今、勉強頑張って行きたい大学に絶対受かって、で、教職免許も絶対一発で合格してやろうと思ってるんだよ」
やっぱり、つばきはすごいや。
しっかりなりたいものがあって、そのなりたいものに向かって一生懸命頑張ってる。
「絶対、絶対、絶対つばきは先生になれるよ!」
教え方上手だし、温かくて優しいつばき。
きっと素敵な先生になれる。
つばきの生徒になる子たちが羨ましい。
「ミケにそう言って貰えたら、勇気湧いてきた」
僕もつばきみたいに、夢に向かって頑張りたい。
まだなりたいものとか全然わからないけど、見つけたい。
僕の頭に載せたままのつばきの手をそっと握った。
僕はつばきの全てが大好きだ。
いつかこの気持ち伝えたい。
………でもつばきと僕の好きは全然違う好きなんだ。
『弟みたい』
つばきは僕に対してそう思ってるんだ。
ぐうぅぅぅーっ。
テレビの音をかき消すようになったお腹の音。
今のお腹の音は僕じゃない。
ってことは、つばきだ。
「やっぱお腹空くな」
そういえば、夜ご飯食べてない。
そう思うと僕までお腹空いてきたかも。
「僕今からご飯の準備する!」
そう言い立ち上がろうとした僕を止めたつばきは、立ち上がりキッチンの方へ向かった。
「今日はこれ食べよう」
「………そば?」
つばきの手には、インスタントのカップそばが二つあった。
「それってお湯入れるだけの簡単なやつだよね…?」
「そうそう」
僕もキッチンへと向かい、つばきの隣に立った。
つばきはやかんに水を入れ、お湯を沸かした。
「年越しそば。大晦日に食べるのが昔からの風習なんだぞ」
「へぇー。そうなんだ…」
そんな風習もあるんだ。
大晦日も知らなかった僕。当然、年越しそばの存在も知らなかった。
「もうすぐ、今日も終わるしちょうど食べるにはいいだろう」
「早い時間に食べるのは駄目なのかな?」
お湯を二つのカップに入れたつばきは箸とそばのカップを持ち、ソファーの前の机に運んだ。
僕はその後ろをついて行きながらこっそり呟いた。
「うーん。駄目じゃないだろうけど。元々そばを食べる由来は、今年一年の厄を断ち切るって意味だから、早い時間より遅い時間のほうがいいんじゃないか?」
「へぇーなるほど」
僕の呟きが聞こえたのか、答えてくれたつばき。
そばを食べるのにはちゃんと意味があるんだ…。
「ほらもうすぐ紅白も終わるぞ。歌披露はこの人で最後だ」
「あ、ほんとだ」
「紅白の決着を見守りながら、そばでも食うか。もう3分経っただろうし」
カップの蓋を開けたつばきは僕の前に一つおいた。
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