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第5話
それから何日かは、ちゃんと連絡をしてから真城さんの家に行くようになった。
また玄野さんとかち合ったら嫌だなという俺の不安を汲み取ってか、真城さんは前と同じように一人で俺を迎えてくれる。
「これ、先日のお詫びに」
そんな日が何日か続いた後、店が終わってからやってきた俺に向かって、真城さんが細長い封筒を差し出してきた。茶封筒ではなく、横長のものだ。
「なんですか、これ」
特に包装はなかったからそのまま開けてみると、植物展のチケットが二枚入っていた。世界中の珍しい植物を集めた、比較的規模の大きい展示会だ。
「なにがいいか色々考えたんだけど、すぐに用意できるものがこれだったから。良かったら誰かと」
行ってくれ、と続いた真城さんの言葉を遮るように、チケットの一枚を差し出す。ペアチケットのうちの、一枚を。
「お詫びなら一緒に行ってください」
「え、僕が? いや、でも僕は」
「たぶんそれなりに人がいるでしょうけど、みんな目当ては緑の方だから気にしませんよ」
本当に予想外だったのか、チケットを押し付けられた真城さんはおろおろしている。
有名な画家の美術展ほどじゃないだろうけど、この前テレビで特集していたのを見たからそれなりには混んでいるだろう。そして真城さんがそういうところを苦手としていることもわかっている。
だけど俺が言ったことだって嘘じゃない。そりゃあ見られるだろうけど、それは真城さんが考えるようなネガティブな意味じゃないし、いつまでも見られ続けるものでもない。慣れてしまえばきっとさほど気にならなくなるはず。
無理だったらいいですけど、と一言付け加えて、手を引こうとしたら、真城さんがチケットを神妙な顔つきでつまんで受け取った。
「……わかった。百原くんがそう言うのならお供しよう」
「良かった。それじゃあ真城さんの行けそうな時に。真城さんはもううちのお得意様ですから、ミカさんに言えばある程度融通は利くと思います」
「わかった。そうは言っても、もともとの休みに合わせた方がいいだろう。それに向けて少し仕事を詰めて片付けるから、休みを教えてくれ」
高所恐怖症の人が今からスカイダイビングをするような覚悟の面持ちで、真城さんはやっぱり真面目にスケジュールの話をしだすのだった。
それから再び数日後。
真城さんは車で俺の家に迎えに来てくれて、そこから植物展に向かうことになった。
向かうのがそれなりに大きな会場だからか、真城さんはなかなか緊張しているようで何度も初めて気づいたように俺の服装を褒めた。
そんな真城さんは、シャツにニットというちょっと大人なスタイルだ。それを気取ってないように着こなすのだから元からオシャレな人なんだろう。もったいないからもっと積極的に外に出てその艶やかな白い毛並みを見せびらかしてやればいいのに。
とはいえ自分がこの耳を見せびらかし、それをアピールポイントにして番になる相手を積極的に見つけているかと言われればそうでもないから、そこがお互い残りものたるゆえんなんだろう。
それでも普通に仕事をしていればまったく外出しないということは無理で、実際真城さんだって呼び出されて出ていくこともある。たとえばバレンタイン然り、ホワイトデー然り。だからこそ、これぐらいの外出だってそこまで緊張することもないのに。特に今は俺と二人なんだから。
とはいえ、実は俺の方も違う意味で若干緊張しているところがあったりする。その理由が、後部座席に置いたバスケット。剥き出しで持ってくるのは少し恥ずかしかったから布クロスで覆って隠したけれど、存在自体は隠れていない。その中身は朝作ったサンドイッチ。バゲットを開いて具材を詰め込んだだけのお手軽なもので、後は紅茶を詰めたポットを持ってきたから一人ピクニック気分だ。
確か調べた会場の外に芝生が気持ちよさそうな公園があったから、天気が良かったらそこで食べようと思い立って作ってみた。
ただメインはあくまで植物展だし、きっかけがあったら、程度で今はただの荷物だけど。
「あー楽しかった!」
「百原くんが楽しめたのなら良かった」
なんだかんだでたっぷりと展示を堪能したその後。
もちろん遊園地のような派手なアトラクションがあるわけではないけれど、普段見たことがないような変わった形をした植物は眺めているだけで面白かったし、勉強にもなった。
実際人の視線が刺さる場面はあったけれど、緑の世界の真城さんは普段の観葉植物で慣れているからかとても自然で、真城さん自体も植物の方に興味がいっていたからか、言うほど窮屈な思いはしなかった。とはいえ、思ったより、という感じも正直否めないから、やっぱり真城さんには無理をさせてしまったかもしれない。
「真城さんはやっぱり疲れちゃいました?」
「いや、普段来ないようなところだから楽しかったよ」
その言葉は嘘ではないようで安心はしたけれど、人の視線から逃れて駐車場に向かうその晴れ晴れした様子を見れば、やっぱり視線はかなり気になっていたんだということはわかった。
「それじゃあ帰ろうか」
「あ、はい」
どことなく解放された軽さで告げる真城さんに、答えが一拍遅れたのは許してほしい。それでも俺は笑顔を作って頷いた。
この感じなら作ってきたサンドイッチはお蔵入りになりそうだ。本当はどこか日の当たる場所でのんびり食べようかと思ったけれど、疲れているみたいだし無理はさせたくない。外で食べていればまた見られるだろうし、しょうがない、後ろの荷物のことは忘れよう。
……それにしても、この「お出かけ」は本当にただの「お詫び」だったんだな。なんとなく、今日一日は一緒にいてくれるのかと思っていたから残念だ。
「昼飯は家で食べていくかい?」
「あ、いえ、今日は帰ります」
「そうか。じゃあ家に送ろう」
真城さんは外食が嫌いな分料理が上手いから、いつもなら喜んでご相伴にあずかる。だけど今ばかりはそんな気になれなくて断れば、真城さんは気にすることもなく俺の家へと車を走らせた。
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