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第6話
「それじゃあまた」
「はい。送っていただいてありがとうございました」
そしてあっという間に家の前。
迎えに来てもらうにあたって思ったよりも家の距離が近いことを知って少し近づいた気がしたのに、今は前より気持ちが遠のいてしまった気がする。たぶんそれは俺の気のせいなんだろうけど。
車を降りて頭を下げて去っていく真城さんを見送ってさあ家に入ろうということで、自分の手元になにもないことに気が付いた。
なんであんなサイズの荷物のことを忘れられるのか。こんな風に思考が鈍るほどがっかりするなら、一言言えば良かったのに。むしろいつもの俺だったら遠慮なく言っていたはずなのに、どうして言わなかったんだろう。お昼作ってきたんです、なんて簡単な言葉が。
妙に女々しい自分の思考が嫌になって、家に入ったところで力尽きて玄関にぺったりと倒れ込む。さっきまであんなに楽しかったのに、その気持ちが一気に萎んでしまったみたいだ。
苦手だとわかっている場所に付き合ってもらったんだからそれでいいはずなのに。
なんとなくすごく仲良くなった気でいたから、あくまで今日のは「お詫び」で、普段は花屋としての付き合いだったんだという勘違いに気づいていたたまれなくなった。
「……なんだよ勘違いって。なにを期待してたっていうんだ」
冷たい床に頬をつけたまま、一緒にへたれる長い耳をつまんで自分自身に向かって呟く。
なにを普通のオメガみたいにアルファの人の傍にいられると思うんだ。華奢でも可愛くもないのに。ただ真城さんが優しいってだけで。
「ネガティブが移っちゃったぞー。どうしてくれんだよー」
ぐじぐじとつまらないことで嘆く自分がらしくなくて、白い獣人に責任転嫁したってまったく気が晴れない。
だからといっていつまでもここで寝転んでいても仕方ないし、後で真城さんに連絡を入れておこう。バスケットの中身が気づかずに腐ってしまったら申し訳ないし。その後店にでも出ようか。いつも通り働けば、きっといつも通りの自分に戻れるだろう。
そうやって決めて、靴を脱いで家に上がったタイミングでスマホが鳴った。
相手はある意味予想通り、今別れたばかりの人。
『すまない、百原くん』
電話に出た途端の第一声で、後部座席の荷物に気づいたんだということがわかった。バスケットで気づいたのか中を見たのかはわからないけれど、どちらにせよこの言い方だとまた自分のせいだと気に病んでしまいそうだから、続く言葉を遮るようにして俺が口を開いた。
「ごめんなさい、持って帰るの忘れてました。適当に処分しちゃってください。そんな大したものじゃないんで」
この言い方じゃ嫌味っぽいかな。どう言ったら気を遣わないでもらえるんだろう。本当にそんな大したものではないし、食べる機会があったら聞いてみようかと思ったくらいなんだから。
『いや、申し訳ない、中を見てしまったんだ。なんでこんなに美味しそうなものがあるのに言ってくれないんだ』
「ちょっと忘れちゃっただけです。良かったら昼飯にどうぞ」
置き忘れはしたけれど、言い忘れたっていうのは少し無茶だろうか。なんなら最初に言っても良かったことだもんな。でもそれをどう言ったらいいか迷っている間に、今度は真城さんが切り出した。
『百原くん、今から例の公園に来てくれるかい?』
「え?」
『僕も今から歩いて向かうから、公園の入り口のところで待ち合わせしよう』
「あの、でも」
『キミがせっかく作ってくれたものだ。一緒に食べたい。付き合ってもらえるかい?』
「……はい」
例の公園とは俺が教えたところだろう。そこでこれから一緒に昼食を食べようと誘ってくれているんだ。
たまに真城さんはスマートに強引になる。今も一応疑問形ではあったけれど答えはイエス以外なくて、その誘導通りに頷いて電話を切った。
「……単純」
たったこれだけのことで口角が上がっているのがわかって自分につっこんだ。
なんだ。結局これがいいなら最初から言えば良かったじゃないか。それなのにまるで誘われるのを待っていたかのようで恥ずかしいし、真城さんの行動に一喜一憂している自分も恥ずかしい。
今まで会ったことのない類の人だからか妙にペースが乱される。それがなんだかくすぐったくて、ちょっとだけ気恥ずかしい。
それでも俺は今脱ぎ捨てたばっかりの靴を履き直し、駆け出すみたいにして公園へと向かった。足取りと一緒に耳が跳ねていたのは、見なかったことにしてほしい。
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