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第7話
公園の入り口で先に待っていた真城さんは片手にバスケットを下げていて、見慣れないピクニック姿がなんだか微笑ましかった。
そのまま合流して向かったのは公園の奥。そこにある芝桜が、ちょうど今が時期ということで見事に公園の一角を桃色に染め上げてくれていた。
普通の桜の花見だったら人が大勢いて落ち着かないだろうけど、ここならあまり知られていないこともあって落ち着いて花見ができる。
ちょうどそこにベンチがあったから、バスケットを置いて改めて昼食タイム。元から多くはない量だったけれど、思ったよりもお腹が空いていたのか二人ともぺろりとサンドイッチを平らげてしまった。
その後で、改めて今日のことを謝られた。なんでも今日のことが心配で昨日寝られなかったという。
自分の容姿に対して過剰なほどネガティブな真城さんは、隣に目立つ真城さんがいることで俺が嫌な思いをするんじゃないかとずっと緊張していたらしい。
俺と出かけること自体が嫌だったわけじゃないとわかって、ほっとすると同時に、だったら次はどこに行こうかと考える単純でポジティブな俺の思考を少し真城さんに分けてあげたい。
「それにしても、こんな明るい中で花見をするのは初めてだな」
人目がない分リラックスしている真城さんは、艶やかな真っ白い毛並みが色とりどりの花に映えてとてもかっこいい。こんな真城さんをもっと大勢の人に見てもらいたいと思うけれど、それと相反するように誰にも見せたくないと思う。
その気持ちのモヤモヤを誤魔化すように隣の真城さんに寄りかかってみれば、子供にやるみたいに頭を撫でられた。それから優しく耳を撫でられ、そっと目を閉じる。真城さんといると、どうしてか甘えたくなってしまう。
「じゃあ今日は『真城さんが明るい空の下で花見をした記念日』ですね」
「カレンダーに書き記すには少し長いな」
ふむ、と真剣に悩む真城さんは真面目過ぎて可笑しい。
それを聞いてふと思い立ち、ちょっとばかしぶりっこするように上目遣いで見上げてみた。
「じゃあ俺とデート記念日は?」
窺う口調の俺を見て、わかりやすくきょとんと目を丸められると、それはそれで恥ずかしかったりするんだけど。
でも今は同性同士で出かけることもふざけてデートと言ったりするし、そこまでおかしい言い方はしていないと思いたい。
「そうか。じゃあ今日は百原くんとデート記念日だね」
時間にしてたぶんほんの数瞬。その言葉をなぞるように繰り返されて、真正直すぎる真城さんに顔が熱くなってきた。いくら俺が言ったこととはいえ、大真面目に繰り返されると照れるじゃないか。
「よし、それならもう少しこの辺りを歩こうか。せっかくだから存分に花見をしよう」
悩み事がなくなったからか、なんだか晴れ晴れとした様子の真城さんが立ち上がり俺へと手を伸ばしてきたから何気なくその手を取ると、意外なほど強い力で引っ張り上げられて思わずよろける。
「大丈夫かい?」
その体を動じることなく平然と受け止められて、大丈夫ですと答えながら一歩下がった。俺の体格からしてどちらかというと人を受け止めることの方が多かったから、こんな風に優しく包み込むように受け止められると反応に困る。突然のことでも慌てないスマートさと何気ない優しさが紳士なんだよな、この人。
「それじゃああっちの方に……ん?」
改めて花見をするために歩き出そうとした瞬間、ぽつり、と鼻先が濡れた感覚がして、鼻を拭った瞬間その正体がわかった。
「え、雨?」
見上げるまでもなく雨粒がカーテンを作り、空も目の前もあっという間に灰色に染まる。天気予報にはなかったはずの大粒の雨が一斉に花を揺らし、見る間に大降りの豪雨へと変わった。
濡れた土の匂いが鼻腔をくすぐってやっと、自分たちが同じように濡れていることに気づく。
「とりあえず家に!」
「は、はいっ」
雨音のうるささに自然と大声になりながら、真城さんに手を取られて走って公園を出る。俺の家と真城さんの家とこの公園はほとんど三角形の形で離れていて、ほんの少しだけ真城さんの家の方が近い。
そのまま手を引かれマンションに着く頃には濡れていないところはないくらいびしょ濡れで、歩いた場所にしっかりとした足形がついた。
「天気予報では晴れのちくもりだったんですけどね」
「僕が慣れない花見をしたからかな」
絞ることもできない服の重みを感じながらエレベーターに乗って真城さんの家に帰りつく。濡れた足で家に上がるのはためらわれたけれど、この際どうしようもない。
先に入った真城さんがタオルを持ってきてくれて顔と頭は拭けたけれど、服がどうしようもないほど濡れているせいで寒気が襲ってきた。
「くしゅんっ」
春先のわりには気温が低かったところに雨に濡れたせいで、二度三度とくしゃみを繰り返したら、もう一枚追加されたタオルでぐしゃぐしゃと頭を拭かれた。
「百原くん、先にシャワーに入ってくれ。服はなにか出しておくから」
「でも真城さんの方が濡れてるし」
「僕は乾かす時間が長いからね。その間に百原くんが風邪を引いてしまう。だからほら、早く温まっておいで。服は洗濯機の中に入れておいて」
自分はタオルをかぶって軽く拭いただけで俺をシャワーへと押し出す真城さんに少し困ったけれど、さっさと入ってきた方がお互い風邪を引かずに済むという結論に至って風呂場に飛び込んだ。
濡れて張り付く服をなんとか脱ぎ、すみませんと洗濯機の中に放り込むと、まるでホテルのような風呂場に踏み込んでシャワーのコックを捻った。
すぐに湯気を立てる熱いお湯が降り注いで頭からかぶると、しばらくそのままで体が温まるのを待った。それからすぐにシャワーから上がれば、そこにはもう畳んだ服とドライヤーが用意されていたから、ありがたく使わせてもらうことにした。
真城さんのTシャツは体の厚みがある分俺でも少し大きくて、スウェットも一緒。すとんと落ちてしまうほどではなくても、どこかに引っかかったら簡単に脱げてしまいそうだ。
「シャワーありがとうございました。真城さんどうぞ」
「ちゃんと温まったかい?」
「はい。だから真城さんも早く」
タオルで拭いたとはいえ綺麗な白い毛並みは濡れてぼさぼさになってしまっていて、そんな状態でも気遣ってくれる真城さんを風呂場へと押しやる。体が大きい分濡れる面積も大きいんだ。俺よりも雨に当たったことだろう。しっかり温まってもらわないと。
そうやって真城さんを送りだしたら、途端にやることがなくなった。
忘れずに持ってきてくれたらしいバスケットもきちんと拭かれているし、観葉植物たちも特に世話することはなさそうだし、暖かなコーヒーまで用意されて、至れり尽くせり。さてどうしたものか。
とりあえずコーヒーを飲みつつ部屋を見回すと、いつも閉じられている隣へのドアが薄く開いていることに気づいた。慌てていたのだろうか。
耳を澄ませてみればちょうどシャワーの音が止まったところだった。ただ出てきても体を乾かすのにまだ時間がかかるだろう。ほら、ドライヤーの音が聞こえてる。
だからというわけではないけれど、ちょっとした好奇心に負けて近づいたそのドアを少しだけ開けてしまった。
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