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第8話
そこはどうやら真城さんの寝室のようで、壁一面の本棚とクローゼットと姿見、そしてキングサイズはあろうかという大きなベッドが真ん中にどんと置いてある部屋だった。シンプルなのは真城さんらしいけれど、一つ予想外だったのはベッドの上。
ベッドの上にいくつも服が重なって置かれている。その乱雑さからいって、どうやら着ていく服を迷っていたらしい。
あの真城さんが、服を自分に当ててああでもないこうでもないと迷ったのだろうか。その様子が見て取れて、なんだか嬉しくなってしまった。
「真城さんも、楽しみにしてくれてたのかな」
そうだったらいいけど。
その光景に惹かれるようにドアの隙間をすり抜けベッドの端に腰をかけて、そこに置かれていたいつもとはテイストの違う服を手に取ってみる。デートの服を選ぶ乙女みたいな散らばり方が愛しい。
なんとなくその服を引き寄せて大きく息を吸うと、そこから真城さんの匂いがして、他の服もかき集めるようにしてそのままベッドに倒れ込んだ。真城さんの匂いがいっぱいだ。真城さん自身と同じ、深く優しく包み込むような匂いに安心する。
暖かくて体にじんわり響くいい匂い。真城さんの、匂い。
「……百原くん?」
いつの間にかうつらうつらしてしまったのか、目を開けるとそこに真城さんがいた。ドアのところに立って、勝手にベッドに寝転ぶ俺を不思議そうに見ている。上半身はなにも着ていないせいで、いつもよりも気持ちよさそうな毛並みに見える。
「百原くん、そこでなにして……」
しっかり乾かされた毛並みはふわふわで、触りたくて手を伸ばした。はしゃぎすぎたせいか、なんだかだるくてここから動きたくない。
「百原くん……? なんだか妙に甘い香りが……」
「ふふふ、真城さんのシャンプーの匂いが体からするの、なんか変な感じ」
とりあえず俺が伸ばした手を取りベッドの端に座った真城さんが、くんっと鼻を鳴らしてから首を振った。
「違う、キミから甘い香りがする」
「んっ、くすぐったい」
どこからの匂いなのか辿るように、真城さんが俺の首筋に顔を埋めてくる。それから舌先がうなじに触れて、耳の後ろから首筋を辿る。ぞくぞくするようなくすぐったさに、変な声が出そうになって思わずその肩を掴むと、今度は真城さんがシャツの襟を広げるように引っ張って肩口を甘噛みしてきた。それと同時に洗いたてで乾かしたてのふわふわ真っ白な体が覆いかぶさってきて、その包み込まれるような気持ちよさに体から力が抜ける。
「真城さん、すごいふわふわで気持ちいい。んっ、あ、きもちいい」
今までは服越しだったけれど、直に触れた体はとても艶やかで気持ちよくて、指先でその体を辿る。ふわふわの毛並みの向こうにしなやかな筋肉がしっかりついているのが、意外だけど男らしくて、そのことを思ったらぞくりと背筋をなにかが走った。
「あっ、ん、きもちよくて、へん」
真城さんが動くたびくすぐったさで身をよじらせ、もがいているうちに同じように俺の体を辿っていた真城さんの指が緩いスウェットを引き下げる。その意味を問うように見た真城さんもまた俺を見つめていて、次の瞬間にはキスをしていた。ただ口がぶつかったわけでも、挨拶でもない深いキス。そのまま長い舌が俺の唇を割って入ってきて、絡まれ吸われるたびに腰元が疼いた。
濡れた音が体の熱を高め、なんだかおかしいという漠然とした不安を隅へと押しやる。
キスがこんなに気持ちいいものだなんて知らなかった。
「んっ、んん、ん」
何度も角度を変え、より深くお互いの舌を絡め合ってわざと音をさせてお互いを煽って。
どれぐらいの間そうしていたのか、すっかり息が上がる頃には真城さんの手でうつ伏せにされ、腰を高く上げさせられていた。理性が頭の奥底でわめいているけれど、今はその手の気持ちよさに抗えない。
「ん、ねぇ真城さん……」
「うん。恐かったら言って」
「こわくな……あああっ!」
いきなり、だ。
すべての言葉を待たず覆いかぶさってきた真城さんにいきなり最奥まで貫かれ、その衝撃に息を詰める。中を擦る真城さんの感覚が驚くほど鮮明だけど、恐さも痛みもなく、あるのはそこからもたらされる震えるほどの快感だけ。
隙間もなく俺の中を埋める硬さと熱さに、荒く息を吐き出して意識を戻そうとしても軽く動かれただけですぐに散り散りになった。
そのまま優しさより欲望が勝った激しさで乱暴なほどに揺さぶられても、俺の体は喜んで受け入れるだけじゃなく、そのすべてを脳が焼ききれそうな気持ちよさに変えて体中を走らせる。まるで電流だ。心地よさを超えた強い電流を体中に流されたかのようにびくびくと意識とは別に体が跳ねる。
「あっ、ましろさ……んぅ、あッ」
「衛司だ、ひなた」
「あうっ、あ、衛司、う、あ、えーじ……っ」
息ができないほど激しく責め立てられ、苦しさに喘ぎながら必死に名前を呼ぶ。
自分の濡れた声が呼び慣れない名前を呼ぶことにも、掠れた真城さんの声が俺の名前を呼ぶことにも、両方の慣れなさがまた熱を煽った。
「ひ、あっ、あッ!」
押し出されるように声が漏れて、そのほとんどが意味をなさない音として響く。それと抜き差しされる淫猥な音が合わさって、俺はそのあまりの恥ずかしさに頭を振った。すると耳がぱたぱたと動き、違う場所からの刺激にまた腰が揺れる。
無意味だと思っていた耳にまでこんなに敏感な神経があるということを知らされて、動かないようにしたくても体は言うことを利いてくれない。
ここまで来て、やっとこれがヒートだということに気がついた。
そうじゃなきゃ、こんなにおかしなほど乱れない。予定ではまだ先のはずだけど、この熱はどう考えてもそうだ。でも今それに気づいたところでまさしく後の祭り。
「あ! あ、ああっん……!」
溺れるほどに浴びせかけられる快感に、まともな言葉が出てこない。今さら抑制剤なんて飲む気がしない。それよりもっと真城さんから与えられる快楽に浸りたい。
繰り返される激しい抽挿の直接的な刺激だけじゃなくて、真城さんの洩らす息やそっと俺の耳を撫でる手や、真城さんそのものすべてに感じてしまう。
ヒートの期間はただ辛いだけのものだと思っていたのに、まさかこんなに気持ちのいい瞬間があるなんて。そんなこと思いもしなかった。薬で無理やり抑えつけてもどうしても現れてしまう体の熱さや苦しさやだるさが嘘のようだ。
なにより真城さんのいつもとは違う乱暴とも言えるその仕草が、野性じみてて驚くほどセクシーで。普段のネガティブさが鳴りを潜めるだけでここまで変わるものかと感動的でさえあった。
いつもはなんでもできるくせにどこか自信なさげでもったいないくらいのネガティブなのに、衝撃で逃げてしまう俺の腰を捕まえより奥へと突き上げる強引さはまさにアルファそのもの。
まるで獣のように啼いてシーツを引っ掻いて腰をうねらす俺もまるで別人で、恥ずかしくて気持ちよくて逃げたくてもっと欲しくてもうぐちゃぐちゃだ。
「えーじ、衛司、も、俺……っ」
こんなに激しくされてもしっかり感じている俺自身が限界を訴えてきて、掠れる声で先を哀願する。すると真城さんは腰の動きを緩めないままにその指を俺自身に絡めて、追い上げるように扱き上げた。
「ひ、あっん……!!」
ぐっと一気にせり上がってきた熱を耐えることなく吐き出し、真城さんの手を濡らす。
「っつ……?」
その呆けた一瞬、首筋に鋭い痛みを感じて正気に返りかけたものの、それを乱すかのようにさらに激しく揺さぶられて、意識は再び快楽の底へと沈んでいった。
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