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第3話

 別に尾上が友達でもないのに来たのはただ飲みたかった気分なだけだ。奢るとまで言われたからアルファが絶対にいないことを条件に承諾したのに、男女両方にいるなんて最悪の席。嗚呼、早く帰りたい。  空気を悪くしない程度に適当に受け流し、時間が過ぎるのを待つ。何杯も酒をお代わりし続け、アルファによって乱された気分を無理やり高揚させた。  飲み放題の時間が終わり、盛り上がっていた中で二次会の話も出る。どうせカラオケか何かだろう、そんな密室人の目があったってアルファなんかといてられない。外に出た時点で帰ると告げれば、やはりかあの男が近寄って来た。 「樹、俺送るよ」  初対面だというのに、名前を呼んで更に腰に手まで回してくる。下心が丸見えな態度に女性達も引き気味なのが見てわかる。下半身でものを考えるタイプなのか気付かない男に、樹は酔いの勢いのまま手を上げた。 「今日初めて会ったのに名前で呼んでんじゃねえよ、ヤりたいだけなら他あたれ!」 「はぁ? お前オメガの癖に何アルファに逆らおうとしてんだよ」 「うっわ気持ち悪い、やだー助けてレイプされる」  両者とも酒を飲んだからか、口から本心が出る。絶対にアルファなんかと一緒に帰ってたまるかという思いの樹と、下半身直結型の品がない男に何も知らない周囲の通行人は皆遠巻きに見てきていた。  尾上や他の男だって止めてくれればいいのに諍いに慌てているばかりで何の役にも立たない。絶対に力では勝てないとわかっていたが、子供をあやすようにする仕草で上げた手までも収められるなんて。  こうなれば本気で拳を繰り出すしかない。無能な同行人達に白けた目を向けつつ拳を握りしめていると、後ろから毛むくじゃらの腕が伸びて来た。 「こらこら、こんな往来で喧嘩しちゃ駄目でしょ。2人とも離れて」  穏やかな声に、背後に触れたふかふかの何か。頭上から降って来た声に見上げれば、長いマズルで顔は見えない。 「たっちゃん、この人知り合いかな」 「お前誰?」  悪いがこんな長いマズルの獣人に知り合いはいないし、たっちゃんなんて田舎の母くらいしか呼んでこない。訝しげに顔をしかめると、獣人はそこで漸くちゃんと顔を見せた。 「ひどいな、俺の顔忘れるなんて。酔いすぎてわからなくなった?」  小さく合わせて、と続けられる。男には聞こえない程度の声で、こいつもアルファだろうと雰囲気でわかるが悪意は感じられない。

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