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第18話

 結局、岬生に押し切られる形で樹は岬生が普段使っているベッドに眠ることになってしまった。掃除と片付けを終え、早く寝なさいと父親のように促され岬生の部屋に案内される。  シンプルで落ち着いていても、やはりこれは性質なのか散らかった部屋。幸い洗濯物が散らかっていただけらしく、それは全て岬生が持ち出した。 「携帯の充電器とかあるから、もし合うなら使ってね」 「わかりました、おやすみなさい」  部屋を出て行った岬生を見送り、ベッドに座る。掛け布団の上から横になるだけでも、岬生の匂いが全身を包んだ。  ビリビリと電流が走ったかのように甘い震えが走る。思考が蕩け、息を吸い込む度に流れ込んでくる情報量にパンクしそうだ。  岬生はもう眠ると言っていた。少しだけ、なら。  枕元に置かれていたティッシュボックスを手に、壁を向くように体勢を変える。万が一扉を開けられても見えないよう、足を曲げ既に薄らとかたちづくり始めていたそれを手に掴んだ。  掛け布団から、枕から、部屋の全てから岬生の匂いがする。声を押し殺し、それでも漏れ出る嬌声は布団に顔を押し付けかき消し、呼吸の度に岬生の匂いが肺いっぱいに入り込み普段なら作業でしかないはずのそれが気持ち良くて堪らない。  誰かに触れられたことすらない身体は、好いているアルファの匂いに抱かれたいと反応を示す。それの鎮め方がわからず、ただ達してしまえばいいのだと無心で指を動かした。 「み、さきさん、みさきさん」  譫言のように名前を呼びながら、出てくるのは写真の中のあの人の顔。  きっとこの1人分にしてはやけに大きいベッドで抱き合ったのだろう。此処で岬生に愛されて、愛して、此処で、あの子ができた。長い髪をあの大きな獣の手で梳かれ、肌にあの灰色の毛並みが触れ、あの鋭い牙で、頸以外の何処を噛まれたのだろう。  好きになられたくない。でも、愛してほしい。矛盾の塊のような欲求を鎮めるためにも、何も考えずに指を滑らせる。 「ぁ、ん、っん」  あの人より先に出会うことなんてできないに決まっているのに、もし自分が先に出会えていたらなんて思ってしまう。それでも岬生はきっと彼女を選ぶ。同じオメガなら男性より女性。クソガキのような自分より、聡明そうな彼女を選ぶに決まっている。  達すると共に内股が痙攣を起こし、普段とは違う達し方にまるで女のような嬌声が漏れる。溢れ出てきたそれはティッシュで拭い、鼻水を啜りながら涙を拭いまた布団の匂いを嗅いだ。 「……不毛だ」  不毛でいい、そう思っていたのは自分なのに。岬生の中身を知れば知るほどに好きになり、欲求は激しくなっていく。  早く、離れた方がいい。樹はゴミを捨てるために起き上がり、涙を拭いベッドから降りようと足を下ろした。

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