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第12話

 日々は穏やかに過ぎて行った。  といっても最初の数日は、落ち着かない状態だった。異世界人が来たと言う噂を聞いて、わざわざ碧馬に会いに来る者がけっこういたのだ。  その数日間、リュカは碧馬の側に居てずっと通訳してくれた。 「会ってみたかった」というたわいもない理由でやってきた人々は、碧馬を見たら満足らしかった。ほんの一言二言会話して、驚いたり感心したり励まされたりした。  中には色々と話しかけようとする者もいたが、側にいるリュカが碧馬の髪を撫でると驚いた顔になった。異世界人だから触ったら噛みつくとでも思われているんだろうか。  リュカは碧馬を子供扱いしているらしく、何度もくしゃくしゃと髪を撫でてくる。ガルダはその様子を見て、ニヤニヤ笑っているだけだ。  でも大きな手で触れられるのは嫌じゃなかった。リュカの手は不思議と碧馬を安心させる。  もっとも数日で獣人たちが押し掛けることはなくなり、自警団には落ち着いた日々が戻ってきた。  碧馬は掃除や食堂の手伝い、畑や馬の世話などを任され、その合間に文字や習慣を教えてもらい、徐々にこちらの生活になじんでいった。  食堂や事務所で顔見知りになって、碧馬に色々と話しかけてくれる者も徐々に増え、そうするとますます会話も上達した。  自警団には森で起こる様々な事件や相談事が持ち込まれ、団員たちはいつも忙しい。  彼らを見ていて、ここが森の警備隊や相談所や地域の集会所などを兼ねたような場所だと碧馬は理解した。  いわば警察や自衛隊や自治会が一まとめになった感じだ。  だから毎日たくさんの者が出入りして、細々した雑用は多い。もともと明るく前向きで人の役に立つことが嬉しいという性格の碧馬は、そういった雑用をあれこれ頼まれても全く苦痛ではなかった。   リュカはこの自警団の副団長で、毎日、碧馬の様子を見に来た。  昼間は森の見回りやあちこちの集会などに出かけていないこともあるが、朝夕は必ず本部に寄って声を掛けてくれる。  それがとても励みになっていた。たった一人、不自由なく意思疎通ができる相手だから、顔を見るとほっとしたし、たくさん話をした。  リュカは新しい言葉や習慣を覚えるたびに碧馬を褒めて、いつも励ましてくれる。 「アオバはすごいな。もうここに出入りする者たちをほとんど覚えているんだな」 「記憶力はけっこういいんだ」 「食堂でも料理を出す手際がいいと言っていたし」 「本当? だったらよかった」 「とても頑張ってるんだな。でもしんどい時は休んでもいいんだぞ」  リュカは毎日動き回っている碧馬を気遣ってくれるが、碧馬としてはそのほうがよかった。むしろやることがなくなるほうが怖い気もした。  ここで役に立たなかったら、追い出されはしなくても居場所がないような気持になりそうで不安だった。 「ううん、俺、ここで仕事するの楽しいよ」 「それないいが、無理はしないでくれ」 「うん。リュカありがとう」  あの時、リュカに助けてもらえて本当にラッキーだったと碧馬は本気で感謝していた。おかげでここに住めて、何とかやっていけているのだ。  そんな毎日の中で時おり日本を思い出して寂しくなって、厩舎で一人こっそり泣いていたら、いつの間にかリュカがやって来て抱きしめて側にいてくれた。  リュカはなぜか、碧馬の居場所がわかるらしい。不思議に思って訊いてみたら、思いがけない返答があった。 「アオバの匂いがするからな」 「え、俺、くさい?」  シャワーは浴びているけれど、と自分をくんくんしていたらリュカが笑い出した。 「そうじゃない、アオバはいい匂いがする」 「何にもつけてないけど?」  コロンなど持ってないから、特に何もしていない。 「それでいいんだ。とにかくアオバはいい匂いがする。だから居場所がわかるんだ」  不思議なことを言うと碧馬は首を傾げたが、リュカはくしゃくしゃと髪を撫でて楽しそうに笑う。その笑顔を見ると碧馬はなんだか嬉しくなって、自然と笑顔になってしまうのだった。  いつの間にか碧馬はリュカが来てくれるのを楽しみにするようになった。  時には息抜きに一緒に森の散策に出かけたり、市場の買い出しにも誘ってくれて、一人ではまだ外出できない碧馬を連れ出してくれる。  そうやって二人で出かけるのは楽しくて、碧馬はリュカと過ごすことが増えていった。  リュカの好意の表し方はとてもストレートで碧馬を好きだと最初から隠そうともしなかった。周囲にも当然バレバレだったが誰も気にした様子はない。  最初のころ、碧馬はリュカが森で自分を見つけてここへ連れてきたから心配して気にかけてくれているのだと思っていた。  でもそういうわけではないらしいと、徐々に気がついた。気がついたけれどだからどうということもなく、頼りになる兄のような気持でリュカを見ていた。

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