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第8話 ひらり、花火

「七回忌?」 「うん」  りょうちゃんの命日。四月十五日。今日、でしょ?  学校から帰ってきた郁にそう話した。 「僕の親の七回忌の時さ、青木のおじさんは、ほら、足が悪くて来れないからって言ってたでしょ? 他の親戚も、もうお歳の人が多くて来れそうにないって、やらなかったじゃん」  田舎だから、ここに来るのも親類の皆には一苦労でさ。大変だろうからって、お墓参りで終わらせたけど。 「灯篭は、川に流せないし。それに、りょうちゃん、花火好きだったでしょ?」 「……」  彼女が聞かせてくれた楽しい話たち。田舎者の僕にはどれもこれも刺激的でワクワクした。その中でも、りょうちゃんが両手を大きく広げて、とても楽しそうに話してくれたのが花火大会のことだった。海で開かれる花火大会は海面に花火の閃光が反射して、それはもうすごい煌びやかなだったって話してくれた。彼女の目の前にはもしかしたら花火が実際に見えているのかもしれないと思いたくなるほど、瞳をキラキラ輝かせて。 「だから、花火しようかなぁって」 「……」 「季節的には春で変かもしれないけど」  こういう時は田舎って便利だよ。だって、庭先で花火ができてしまうんだから。  ようやく呉服屋さんとの織物の商談が終わって、倉庫を少し整理していた。また新しいデザインを考える前、頭の中の整理整頓を兼ねて。で、掃除をしていたら見つけたんだ。郁が中学生の頃やろうと思ってやらずにしまったままだった花火のセットを。 「……あ、りがと」 「うん」  桜と花火、なんだかりょうちゃんが好きそうでしょ?  だから、灯篭でも、お盆でもないけれど、僕らの両親の、そして郁のお母さんの七回忌、お墓参りだけじゃなくてさ、そういうのもいいかなぁって、思ったんだ。 「ちょ、あれ、今時のライターって、こ、こんなに硬いの?」  なんかもう少しやりやすかった気が、したん、です、けどもっ。ぐっと力を入れてもどうにも動いてくれなくて、こんなもの片手じゃ点けられそうもない。 「子どもが遊ばないようにってしてあるんだよ。貸して」  あぁ、なるほど。たしかにこれだけ硬いのなら、子どもは使えない。  郁が隣にしゃがみこみ、骨っぽくなった手で僕から受け取ったライターを覆い隠した。そして、ジュッて音を立てて、端を指で擦る。 「なんか、ずいぶん手馴れてない? まさか! 郁っ」 「バーカ、ねぇよ」 「んなっ、年上に向かってバカとは!」  クスッと笑って、郁がライターの灯をろうそくへと移した。ほわりと、火が灯って、郁の顔を照らす。玄関のところにある照明だけで、あとは薄暗い中、あんまり遅い時間にやると隣の林さんに見つかりそうだから、頃合を見計らって。 「タバコなんか吸わねぇよ。におい、したことないだろ?」 「な、ないけど」 「ほら」  肩がぴったりとくっついた郁が首筋を晒した。まるでドラキュラへの生贄みたいに。首を傾げてるからなのか、筋肉のラインがろうそくの柔らかい灯に照らされて、春風が吹く度に、その陰影も揺れて、落ち着かない。 「わ、わかったってば」  顔が、熱くなった。ろうそくの小さな火にでも当てられたのか、頬が熱くて、無意識に自分の指で熱があるのかと確かめてしまう。 「は、花火っ、湿気てないかな」 「……」 「郁が中学三年の時のだからなぁ」 「俺が?」 「うん。そう」  中学三年生の夏に一緒にやろうと思って、夕飯の買い物ついでに買ったんだ。  二人でやるならこのくらいで充分かなって考えて。でも、その日は友だちが遊びに来ててできなかった。次の日は雨が降っちゃって、その後は、まぁ、仕事とか忙しかったんだろう。タイミングを逃したまま、花火は倉庫にしまわれることになった。 「やらないよねぇ……もう中学生なんだもん」  少し、寂しく感じたのを覚えてる。子どもだと思ってた。きっと花火を持って帰ったら喜ぶだろうと思っていた。けど、もう、僕が思っているほど子どもじゃなかったんだ。花火に両手を挙げて、わーい、と喜ぶほどの子どもじゃ。 「手持ち花火じゃ……ね?」  中学生の男の子はそんなの退屈だよね。打ち上げ花火とか、爆竹とかさ。いや、爆竹はやられてしまうと、お隣の林さんが飛び上がって血相変えてやって来てしまうから、遠慮したいところだけれど。 「あ、点いた! 郁」 「……あぁ」  湿気てなかった。三年も前の花火でも使えるものなんだね。すごい。 「わぁ……」  閃光が雨雫みたいに落っこちていく。そして、辺りが赤から青、白に色を変えて照らされる。もう本当に桜も終わりだ。ここのところずっと雨みたいに桜の花びらが降っていて、火花の中にも桜の花びらが、ちらり、ちらりって混ざって落ちてる。 「あ、俺、これ好き」  そう言った郁の手には、パチパチと小気味良い音をさせる火花が彼岸花みたいに散る花火が。 「綺麗だと思う」 「……」  顔を上げて、目を細めて、そう低くなった声が言った。僕は、なんでか、言葉を忘れてしまったみたいに、そうだね、の一言すら言えなくて。 「……」 「文?」 「あ……う、うん。綺麗だね」 「……」 「天国からも見えてるかな」  でも、天国にいる彼らへの挨拶だから、そうおしゃべりになる必要はない、よね。  うちの母はおっとりした人だった。りょうちゃんは活発であっけらかんとしていて、全く性格が違うのに、気が合うらしく、春、よくこの軒先でニコニコしながら二人でおしゃべりしてたっけ。父は、職人肌の人で、めちゃくちゃ寡黙だから、りょうちゃんがいるとたくさん話してたっけ。僕には、はしゃいでる母はめずらしくて好きだったんだ。 「あぁ」  だから、僕は春が四つの季節の中で一番好きだし、春をずっと心待ちにしていた。 「ぁ、見て、次のは長いらしいよ」  最後に手に取ったのは長持ち花火。  とはいっても、たったの三十秒なんだけれど。でもそれが二本入ってた。 「郁、じゃあ、これで勝負しよう」 「ご先祖供養で勝負すんの?」 「そう! りょうちゃん、好きそうじゃない?」  クスッと、郁が笑った。ほら、ちょうど、ろうそくの火もそろそろ終わりだ。地面から火がポッと灯ってるみたいに見える。  よぉし、って同時に先端の和紙をかざした。  シュワッと音がして、勢いよく火が飛んでいく。光のすだれみたいに落っこちて、火の花が地面にぴょんぴょん跳ねていた。 「どっちかっ」 「つか、少しだけ文のほうが早かっただろ」 「え? 郁でしょ」 「文だって」  少しだけお互いに意地を張っている間に火がふわりと消えてしまった。パッと消えて、辺りが真っ暗になる。玄関の明かりは点いていたけれど、花火の鮮やかな閃光に比べたら微かなもので、一瞬で、目が戸惑う。 「あ、えっと、あとは線香花火が」 「文!」 「!」  鋭い声、それと、強い力で引き寄せられて。 「あっぶね」  戸惑うよ。真っ暗な中でもわかるほど、郁の顔がものすごく間近にあって、驚いて、そして。 「……文」  そして、僕は自分が戸惑ってることに、また、驚いた。

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