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第16話 それはスキャンダル
「三者面談、懐かしいわぁ」
一人のパートさんは娘さんがもう社会人で、すでに通った道筋だからと、のんびりと懐かしんでいた。
もう一人のパートさんはお子さんが小学生だから、むしろ遥か先の未来すぎて、ぼんやりと聞く程度。
興味津々なのは明日、その三者面談を控えている僕だ。
この前のは三者面談になっていなかったから、再度仕切り直すことになった。仕事が今ひと段落ついているからいつでも大丈夫だと、郁に言伝を頼むと、先生から明日はどうだと提案が返ってきた。
「もう郁君もそういう歳なのねぇ」
「えぇ」
「十八歳だものねぇ」
「社長もすごいわよ。親代わりなんて」
「でも、これで、社長も良い人みつけられるんじゃない?」
「そうですよ! 社長ならきっと良いお相手すぐに見つかると思うもの」
パートさんたちの会話がトントンとボールが跳ねるように賑やかに続いてる。
僕の将来のお嫁さん候補の話。
その会話を聞きながらずっとさっきから考えてること。
――しませんよ。
そう答えたらどうなるんだろうって。それを思いながら、適当に相槌だけを返してた。結婚しないと宣言したら、なぜだ、どうしてだ、何かあるのか、すでに良い人でもいるのかと質問攻めになる。結婚したいけれども、と呟けば、あそこの角の娘さんはどうだとか。隣町のあの方はどうだとか。今度はそんな話がずっと続く。
だから、ニコッと笑うくらいにしとくのが一番無難だ。
でも、結婚は、しないよ。そもそも結婚願望はなかったし。
ただ、今は、結婚、したくない、に変わったけれど。
その理由を彼女たちは絶対に思いつくことはないんだろう。
そんなの想像すらしないよね。
僕と、郁が、なんてさ。
十六歳の歳の差、同性、親類、もうそんなのこの田舎じゃ刺激が強すぎるスキャンダルだ。
「ぁ、社長、そろそろ上がります」
「私も! もー、学童でちゃんと宿題してるかしら」
「お疲れ様」
郁を好きだと、たしかに思ったのはつい最近のこと。
自覚をしていなかった。
だって、十六歳も離れてるんだ。まるっきり子どもだよ。
「ただいま……」
子ども、だったんだ。
「おかえり。夕飯作ってる」
「あ、うん。ありがと。明日、だよね? 面談」
「あーうん」
「スーツじゃフォーマルすぎるってパートさんに言われちゃった」
そりゃそうだろって郁が笑って、普通でいいよと言った。その普通が困るんじゃないか。
料理をしてくれていた。ジュージューっていう音と香ばしいかおりが台所のほうからしてきて、僕はその食欲をそそる香りにまんまと引っ掛かる。
制服だと、高校生らしく見えるけれど、私服になるとそれが消えてしまって。なんだか、どきりとしてしまう。
郁を引き取って間もない頃はパートさんたちに頼んで、早めにうちのほうへと引き上げていた。帰ってきた時、ただいま、を言う相手がいないと寂しいだろうって。
「良い匂い」
「あー、ベーコン炒めてたから」
すぐ隣だけれど、うちに帰って郁のことを待ってた。その頃はまだ背が僕と変わりなかったのに。
「ベーコンの香りかぁ、あ……」
カリフラワー? フライパンの中にはたまねぎとベーコン。良い香りはそこからしてた。でも隣には小さいボールにこんもりとカリフラワーが。
苦手、なんですけど。
「文、カリフラワー苦手じゃん」
美味いんだってさ。と笑って、郁が茹でただけのカリフラワーを一つ差し出す。
食べろってことだよね?
渋々、差し出された一口サイズのそれをちょっとだけ齧ると、笑って、残りを食べてくれた。
う、やっぱり、そんなに美味しいとは思えないんだけど。
「なんでも食べてみないとでしょ?」
「う。僕の真似してる」
よく、郁に言っていたことをそのまま、きっと口調も同じようなんだろう。言われてしまったら食べるしかない。
嫌いなんじゃないんだ。でも、なんだか白いし、緑のほうが栄養ありそうだなぁって思えてしまうし。
炒め終わった、しんなりと飴色になったまねぎとベーコンをそのカリフラワーと合えて、マヨネーズを少し、それと仕上げに塩と粗引きの黒胡椒と白胡椒。
「食ってみて」
また? そんな顔をしていると、和え終わったそれをひとつ、ありがたいことに小さいサイズを口に入れてくれた。
「!」
ちょっとびっくりだ。
「……美味しい」
「ぁ、マジで? この前、教わったんだ」
「……うん。美味しい」
郁が満足そうに笑って、カリフラワーを摘んで食べさせてくれた指をぺろりと舐めた。
「……」
ただ、舐めただけ。
「ビタミンCがあるんだってさ。疲労回復、それと風邪の予防にもなる」
「……」
「そんで美味いだろ?」
ぺろって舐めただけなのに。
「けど、そのままじゃ、あんま食わねぇだろ……」
なんだか、とても、セクシーに見えて。
「ぁ、口のとこ、ついてた、からっ」
キスをしてしまった。とてもしたくなって、キスを、してしまった。
「そ、その」
「文……」
「っ、ン」
唇を、唇と舌で開けらられて、そのまま深く口付けられる。台所なんていう、とてもありふれた日常を過ごす場所で聞こえるキスの音が濡れていた。
カリフラワーを和えるのに使ったお箸がカランと音を立てて、流しの中に落っこちても、構わず、角度を変えて、郁の舌がまさぐる。
「ン、郁」
「ヤバ……」
子どもだったのにね。
ヤバ、い、って思ったのは僕も、だった。
「あ、そうだ! 文」
キスが深くなりすぎるところだった。
「え?」
「先生にもう一回三者面談頼んだじゃん? そんでさ」
僕は、郁の話すことに、ただ目を丸くするばかりだった。
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