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第26話 秋風、夜の、帰り道
駅から歩いて徒歩一分、田舎にあるコンビニっていうのはとても本当にコンビニエンスな場所だから、仕事帰り、学校帰りの人が吸い込まれるように入っていく。つまり、電車が駅にやってきたタイミングが一番込み入っているわけで、一番、見つかりにくいとも言える。
「…………」
見つからないように。
「……」
絶対に来るなと言われいてるけれど、仕方がなかったんだ。今日は出かけていて、駅を利用したから、ついでに、小腹が空いているので、パンを一つ買おうかなって。
ね? ほら、秋のパンフェアをやっているから。栗とかさつまいもとか美味しいでしょう? お店にも貢献できて、空腹感も満たせて、とても良いと。
「…………」
「何やってんの?」
「うわぁっ!」
頭の上にポンと乗っかった優しい拳。
「郁!」
「後ろから見てるとすげぇ不審者」
お店の中、レジの辺りにいるんだと思っていた郁がコンビニの制服のまま外にいた。スリムなカーゴパンツに長袖のTシャツ、その上から羽織るだけの制服を着て。数日に一度持って帰ってくるのを洗ってるから見覚えがある。
「今、帰り?」
「あ、うん」
今日は、秋物展示会に招待されていて、ちょっと出張だったんだ。社長っぽいでしょって、朝、郁に話してた。うちの相馬織物で作った反物も展示されるから、ほぼ一日、向こうに滞在だろうって。帰りは、夕方、六時くらい。
郁のアルバイトのシフトが四時から七時。
まだ、秋の今頃だと僕が帰る六時頃は薄暗いくらいなのに、それでも気をつけて帰れよ、なんて、自分はそれより一時間遅くて、どっぷり暗くなってからの帰宅なのに言うんだ。
気をつけないといけないのは、高校生で、僕より十六も年下の郁のほうでしょ。
「外で何してるの?」
気をつけないといけないのは郁のほうだ。
あれ、他校の子だよ? 女の子、郁のほうをチラチラ見てる。
「あー……外掃除? 枯葉とか?」
駅前のコンビニ、イケメンのバイトがいるんだよって、ちょっとした噂になってたりするかもよ。何せ、田舎のコンビニはとてもコンビニエンスで、仕事帰りの人も、学校帰りの人も吸い込まれるように入っていくんだから。
「っていう、理由をつけて、文が通るかもって思ってた」
「……」
「そんだけ」
爽やかに笑ったりするから。
「気をつけて帰れよ。マジで」
郁のことを見ていただろう、背後の女子高校生は見ちゃったかな。今の郁の笑った顔。
「そんじゃーな」
僕に笑ったんだ。僕の帰りを見送るために外掃除をしてて、僕を見て、ニコリと優しく笑ったんだよ。
今の笑顔は僕の、だよ。
そんなことを思ってしまう自分にちょっと苦笑いが零れた。
服飾系の専門学校、郁はAO入学での進学で準備を進めていた。だから、最近、少し髪型を変えた。好青年風というか真面目っぽくしてみたっていうか。
一応は受験生だし、そもそも学生なんだから、バイトそんなにしないでもいいよって言ってるけれど、専門学校の学費を少しでもって言う。いいのにさ。そんなの。
――文は保護者だけど、俺は文の負担にはなりたくないんだ。
なんて言って笑うんだ。ドキッとするくらい大人っぽく笑う。カッコよくて、凛々しくて、優しくて逞しくて。
モテちゃうんだろうなぁ、なんて。
「…………え、文?」
「……」
だから、待ってしまった。
「……お疲れ様」
好青年風、じゃなくて、郁は本当に好青年でカッコよくて、頭もよくて、スタイルだって抜群。田舎なんかじゃ目立ってしかたない。でも、そりゃそうだよ。だって、りょうちゃんの息子だもの。
疲れたと溜め息を吐いて前髪をかき上げて、お店の邪魔にならないようにと道の端っこで待っていた僕を見つけて、目を丸くしたって、郁はやっぱりカッコよくて。
「な、んで」
「だって、一時間したら郁もあがりでしょ? だから、一緒に帰ろうと思って」
さっきの女の子は郁に話しかけることはなかった。なんてさ、今回だけのことじゃないのに。いちいち防御線なんて張れやしないのに。それでも抗ってしまう。
「夜道、危ないでしょ?」
郁は、僕のだよ――そう言いたくて。
「疲れてるだろうから、コーヒー買っておいた。あっまいの」
「……」
「召し上がれ」
「……つか、うちのコンビニで買えよ」
だって、そしたら待ってるってバレちゃうじゃないか。
「っていうか、どこで待ってたの?」
びっくりした顔が見たかったんだから。
「そこのとこ」
「は? 外で? なんで」
「なんでって」
だって、ここ、カフェひとつない田舎なんだよ? あるのは駅前ということで割高でちょっと品薄のスーパーマーケットと演歌をたくさん取り揃えてる楽器屋さんに花屋さんと、あとは入ったことはない何かの事務所に、学習塾。
「寒くなかった? つか、薄着じゃねぇ?」
ちょっとだけ寒かったかな。でも、別に子どもじゃないんだから。郁は心配性だ。
「なんで笑ってんだよ」
「なんでもないよー」
「すげぇ笑ってんじゃん」
「笑ってないってば」
「笑ってたっつうの。つうか、今、笑ってんじゃん」
心配性で、自分の着てたパーカーを僕の渡そうとするから逃げ出すように、二歩、三歩って、飛び石遊びをするみたいにジャンプをした。
「風邪引くから、これ着とけよ」
「何言ってんの? 今週、学校の面接がある郁が風邪引いたら大変なんだから、郁は薄着しないっ」
俺はいいんだよ。よくないでしょ。いいっつうの。そんな言い合いの間、パーカーが僕らの間を行ったり来たり。所在はなさげにフラフラ左右に揺れていた。
午後七時すぎ、もう十月になりかけのこの時期じゃ空は完全に夜の色をしてる。僕らの間をふわりと流れる風も秋らしい、カラッとした冷たさを孕んでいた。
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