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第27話 我儘な大人

「昨日、織物の展示会行ったんすか?」 「え?」  見かけたから、と成田さんが腰を手で押さえて少しだけ身体を反らせた。重たいものを毎日運ぶ仕事は腰にくる。成田さんのお父さんも、よく腰をトントンと叩いていたのを思い出す。 「郁君、ですっけ」 「……」 「引き取った親戚の子、高校生って」  一緒に歩いているところを見られてた。 「また背が伸びた? 体格ががっしりしたのかなぁ。高校三年生じゃ、まだ伸びるんすね」  別に普通に歩いてただけ。外だったから、ちゃんと普通に歩いていただけだけれど。何もしていないけれど、でも、知り合いに見られていたってだけで身構えてしまう。 「? 相馬さん?」 「! あ、いえ」  変じゃなかったよね、って思い返してた。 「郁君って、服飾系の専門なんすよね?」 「はい」  話してる内容までは聞こえないだろうし。郁が過保護に心配性だけれど、でも別に、ただ一緒に帰ってきただけ。そこまでの違和感はなかったと思うし。 「一緒にやってく、みたいな?」 「あー、どうなんだろう。本人はそのつもりみたいですけど」  でも、パーカー借りなくてよかった。 「そうなんすねぇ」 「……えぇ」 「……」  郁のパーカー着てたら、ちょっと変に思われるかもしれない、もんね。保護者の僕が世話焼かれてたらさ。 「ぁ、何か新しい感じの色合いとかありました? もしくは相馬さんのほうで使ってみたい色系」 「あー、そうですねぇ」 「来年の春のデザインで桜、でしたっけ?」 「あ、はい」  俯いていた僕はそのキーワードで顔を上げた。  デザインは、ちょっと苦手で、その後の設計になったらサクサク進められるんだけれど。他の仕事もこなしながら、その桜のデザインを考えるのが不器用な僕にはひどく難しい。イメージはあるんだ。 「ターコイズ系の色いいなぁって思ったんですよね」 「ターコイズっすか。瑠璃って感じの?」 「んー、もう少し青が強いほうがいいかなって」  水面なのか、青空なのか、その中間の色を出したい。あまり強くなく、でも、桜の淡い色をした花びらが一枚ずつ引き立つような色。 「たとえば……」 「青の色番号で一番近いのっていうと何番すか?」 「そうだなぁ」  よく使う色。赤とかそういう華やいだ色がすぐに取れるように目の前に置いてある。次に使うのが青。だから青系の色は上の棚。一番使う頻度が、僕の場合は少ない黄色が下の段。もちろん、それが何十種類と並んでいるんだけれど。 「あ、あった」  小さく声に出して、希望の色に一番近い色の塗料へ手を伸ばす。  届く範囲だけれど、僕よりもずっと身長のある成田さんが難なく取ってくれた。 「どうぞ」 「あ、りがとうございます」 「楽しそうでした」 「……え?」 「相馬さん」  それはどんなふうに楽しそうでした?  僕は、ちゃんと保護者っぽく笑ってましたか?  なんて、訊けるわけがないけれど。 「こういう色っすね。またサンプル持ってきます」 「……」  ニコリと微笑み、お辞儀をして倉庫を後にする相馬さんを玄関先まで見送った。とくに変な笑い方じゃなかったよね。成田さんの態度も、変じゃなかったよね。 「また、宜しくお願いしまーす」  彼が今思っていることを覗き見しようと必死になる自分がいた。バレてしまったらって。 「……気をつけて」  でも、どんなに今、驚いて、思い返して、変じゃなかった? 大丈夫だった? って、慌てたとしても。 「文? 今、塗料んとこの……文?」  楽しそうでしたと言われて、ものすごく動揺したとしても。 「文?」 「……おかえり、郁」  郁のことを好きって、やめる気にはなれないんだ。もう、季節は秋になった。この恋をして、辛抱することを選んだ春から季節は三つ目のとこまで来たんだ。 「文?」 「なんでもない。うちに帰ろう? 寒くなってきた」  寒いのは苦手なんだ。あったかいほうがいい。だけれど、もっともっと寒くなれって、今年は切に願ってる。 「あ、そうだ、今日は林さんちから栗を頂いたんだよ。剥くの大変だったけど、パートさんに剥き方教わって、栗ご飯にしようと思うんだ」  冬が来れば、もう少しで春になるから。 「ただいまぁ。さて、栗ご飯できてるかなぁ」 「……文」 「んー? なぁに? い、……っ」  春が来たって、外でイチャイチャなんてしないよ。けれど、きっと今ほどの罪悪感は胸を刺さない、と思うんだ。思いたい。 「ンっ……ん」 「……なんか、あった?」  春になれば胸は痛まない。 「なんにも?」  違う。今も、胸は痛くない。郁を好きなことに胸を痛くしてないことに、胸が痛いだけ。 「なんにも、なかったよ?」  今、我慢をしているけれど、でも、そもそもこの我慢だって我儘なんだよ。我儘をしない、ちゃんとした大人は、まず、この恋心を消してしまうんだろう。 「文、すげ、キスが」 「ン、ぁ……っ」  僕は、我儘な大人だ。だって、この気持ちを消すつもりはちっともないんだから。 「郁っ……」  舌を絡めてキスをしたのば僕のほう。吐息すら欲しがって齧り付いたのは僕のほう。ね? ほら、僕は、郁を好きなことをやめるつもりはちっともないんだ。

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