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第28話 どんどん進め、紙飛行機
「郁―! お風呂上がったら栓抜いておいて」
お風呂から上がったら、それぞれの部屋にいることが多い、かな。お互いに、なんとなく、そうなってる。理由は、簡単。
「文っ! 来週末さっ」
「うわあああ!」
理由は、簡単。
「ちょっ……」
湯上りの君にドキドキしてしまうから。
「文」
お互いのそれが理由でお風呂上りはそれぞれの部屋にいることが多いのに、自分だってそうなくせに、お風呂上りの僕に会わないようにできるだけ避けてるくせに。
ぽたり、髪の毛先から落っこちる湯の雫ひとつにすら、ほら、心臓が慌てふためく。
「来週末、付き合って欲しいとこがあるんだ。服飾の専門んとこ、文化祭なんだけど、一緒に行こうぜ」
「……ちょ」
「ね?」
裸で、下、下半身見えないようにって、してたってさ。
「文……」
「っ」
「ドキドキした?」
「! もう! びっくりしたっ!」
あはははって、笑いながら扉を閉めて、曇りガラスの向こう側、郁のシルエットがぼんやりとしかわからなくなった。
「文化祭、秀君とか、は?」
「んー……できたら、織物とかちゃんとわかってる文と行ったほうがいいだろ? 将来、そっちに進むって決めてるし」
「ん、けど」
「進路、そこしか選ばねぇから」
郁が、掌を曇りガラスにぺたりとくっつけた。ぼやけたシルエットの中、手、だけはくっきりと見えた。
「不自然じゃないだろ?」
たぶんね。織物業に携わっている身内が一緒に学校の様子を見ることはそう不思議なことじゃないと、思うよ。たぶんね。でも、その判断は僕には少し難しい。胸のうちにある気持ちが邪魔をして、はたから見た自分たちをあまり上手に考えられないんだ。
「わ、かった。来週末ね」
「……ありがと」
大きな手。
その手が引っ込んで、また郁がぼやけた。
そして、保護者として、ついて行く、それは別にありうることかどうかを考えながら、曇りガラス越し、互いに今きっとドキドキしてるんだろうって、思っていた。
文化祭、進学を希望している子はその志望校の中を自由に闊歩できるから、見学を兼ねて遊びに行く事が多い。
「すげぇな」
「……うん、す、ごいね」
高校の文化祭より少しぐらい立派になったようなの、を想像してたんだけど。
「ホラーハウスやってまぁす」
「うわぁぁ!」
いきなり肩を叩かれて、振り返って、絶叫した。
「ゾッ、ゾゾ」
「ぜひぜひー、三階でぇす」
「ゾンビ!」
本物みたい。いや、ゾンビに本物も偽物もないんだけど。そもそも、あれ映画だからさ。でも、あまりに本物っぽかったから思わず叫んでしまった。
「っぷ、文、ビビりすぎ」
笑われた。三十四歳、独身男性、男子高校生に笑われた。
「だ、だって!」
「ホラーハウスだって。行く?」
そのゾンビに怯えることなく笑っていた郁は、そのゾンビからもらったチラシをヒラヒラと振って見せた。
行くわけないって慌てて否定すると、残念、ってもらったチラシを折り紙にして飛行機にした。
「抱きついてもらえるかと思ったのに」
「なっ! ちょっ、郁っ!」
「わかんねぇって。本当の親子じゃねぇんだから、顔似てないじゃん」
それでも十六歳差の同性っていうのは少しどころじゃなく奇抜だってば。
郁は僕の考えてることがわかったのか、クスッと笑って、今、織ったばかりの紙飛行機を廊下に飛ばした。
「あ、こら」
ダメでしょ。持ち帰るなりなんなりしないと。
けれど郁の作った紙飛行機は皆の頭上をスイスイと飛行していく。
僕はここへの進学をそうそうに諦めてしまったから文化祭に来ることもなかった。服飾系の学校だから、なんだろう。
奇抜な服装に、奇抜なメイクをしている子がけっこう多い。ハロウィンも兼ねてるのか。
「なぁ、文、次、どこ行く? って、おい、あんま離れるなよ」
「!」
手を引っ張られた。
「迷子になる」
あっちこっちに面白い格好をした人がたくさんいる。だからつい、それを目で追いかけてしまう。さっきは獣みたいな格好をした人が歩いてたし、ほら、今、目の前にはウエディングドレスのような純白な服装をした人たちが闊歩していた。服が人目を引くのかな。あ、今度はゾンビに対抗するかのように日本の妖怪に扮した人たちがこっちへやってくる。
皆、その格好で接客やらバンド演奏やら、お芝居をしているのかな。カフェとか文化祭王道の催しのところも、店員さんはやっぱり面白い格好だったりして。
「ねぇ、郁」
それなら、ちょっとカフェくらいなら入ってみたいと振り返ったら。
「……」
そこに知らない人がいた。いや、人っていうかフランス人形みたいな金髪の。
「あ、ごめんなさい、人違い」
「いえいえぇ。この紙飛行機、貴方?」
「……あ、いえ、えっと」
お人形のような彼女が流暢な日本語でそう尋ねてきた。その手には郁が折った紙飛行機が。
「文! だから、迷子になるっつった……だろ……」
「郁」
青い瞳をした、そのフランスのお人形のような彼女が僕と、郁を交互に見て。
「この紙飛行機のね、先っちょが、目に刺さったの。そんでね、うちのお店、コスプレ屋さんなの」
そう言うと、真っ赤な唇でニコリと笑った。
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