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第29話 大・変・身
青い瞳は異国の人ではなく、カラーコンタクトだったらしい。金髪は自前のものらしいけれど。こんなにシルバーゴールドのような白に近い金色にするにはどのくらいの染料がいるんだろう。
色んな学科があるのは知ってる。洋裁、和裁。郁が行こうとしてるのは和裁部門のほうの織物の学科。
彼女、フランス人形のような彼女は洋裁、そのうちのスタイリスト科の一年生。つまり、来年、郁がこの学校に行くことになれば、先輩となる人だ。
「コスプレ屋なんだけどね。一人が必ず一人は勧誘ってノルマがあって。けど、やるなら、この人! っていうのがよくてさ」
シルバーゴールドの髪が階段を踊るように下りるとサラリサラリと揺れる。
「……」
その彼女がクルリと振り返って、僕と郁を交互に見比べた。
「……付き合ってるでしょ?」
「「!」」
二人して身構えたところを彼女がじっと見つめて、ニコリと笑った。
「はい! 二名様来店でーす!」
両手を広げ、大きな声を出すと、同じくらい大きな声が返ってきた。まるで、居酒屋さんみたいな掛け声とフランスの洋館にいそうな彼女がとてもミスマッチで、ぽかんとしてしまう。
「えっと、それで、こちらの君を変身させるので、ちょっと待っててくださいな」
「え? あの?」
手を引かれたのは僕だった。慌てたけれど、彼女は能天気な声で「だいじょーぶ」と繰り返し、僕を引っ張っている。リズミカルなステップに合わせて、金色の髪が弾んで楽しそう。
「それでは! 変身の旅にしゅっぱーつ!」
「ちょっ」
「文っ!」
「イケメンさんはそこでお茶飲んで待っててねー!」
まさかの郁が押され気味だった。そして、僕はそんな郁を眺めて、あっという間に黒いカーテンの向こうに引っ張り込まれてしまった。
「どんなふうにしたい?」
カーテンのこっち側は所狭しと、不思議な衣装のオンパレードだ。スタイリスト係の人たちが数人いた。
「あ、あの……」
「うん?」
「カップルに、見えました?」
質問に彼女がびっくりしてる。今、気が付いた。名札ぶら下げてたのか。
「えっと、追川(おいかわ)さん?」
名前を呼ぶと、元気に「はい!」って返事をして、首を傾げる。いきなり現れて、いきなり、さぁこちらへ、ってぐいぐい引っ張っていってしまうから、名札を見かける暇もなかった。
「カップルに、その」
「? 見えましたよ? ラブラブって」
「……」
でも、僕らは男同士で、年がかなり離れてる。普段から、意識して保護者として振舞うように気をつけてるはずなんだけど。それじゃあ、周りに、もしかして――。
「あ、それと、男どうしー、とか、歳の差ぁーとか、今、思った?」
「……」
「そういうの、ないよー。全然、ナンセンスだから」
なんだろ。彼女のあっけらかんとした口調に、郁じゃないけど、ぽかん、としてしまう。だって、そこ、すごく気にしてる。それでもいいと思って、郁の手を取った。それでもいいからと郁は僕を抱き締めた。
「大人の持ってるそういう固定観念大嫌い」
「……」
「でも、だから、たぶん、フツー? いや、フツーって言葉が意味わからないけど、でも、たぶん、あんまそう思う人はいないかな」
「……」
「そういうんじゃなくてね」
目、がね、好き好きって話してた。追川さんが青い瞳を指差した。
「目……?」
「うん」
窓から差し込む日差しに金色の髪が光って綺麗だった。まるで天使みたいだ。
「うち、スタイリスト科だから、メイクもやるし、もちろん服のコーデから製作まで色んなことやるんだぁ。なので、コスプレ、めっちゃ上手だよ。ゲームキャラでもアニメキャラでも、なんでも、ばっちり」
「あ、あの、僕は」
「けど、決めた」
アニメとかゲームとか、ちんぷんかんぷんなんだよ。よくわからないから、どれにしてあげるといわれても困るし。そもそも、そんな格好なんて僕にはちょっと。
「あ、あの、そういうのやるなら、郁のほうがっ」
「彼氏クン?」
「!」
「あはは、可愛い。真っ赤になっちゃった」
真っ赤にも、なるよ。だって、そういうふうに言われたのも、認識してもらったのも初めてのことで、くすぐったい。
「私は貴方がいい」
「……」
「仕事にしちゃったら、そんなん選べないんだけど、今は仕事じゃないからドンマイってことで。んで、こっちね?」
わっ! って小さな声を上げて、追川さんの引っ張ったところに座る。鏡のほうを見てたら、彼女にくるりと椅子を回転されて、向かい合わせになった。
鏡を見たら、びっくりが薄れちゃうでしょ? って、言われた。
「でも、これじゃ」
「大丈夫。きっと、彼氏クン、真っ赤になるよ」
「え、あの!」
追川さんが腕時計を見て、十五分、いや、十分で終わるからと宣言した。だからそんな手の込んだ変身じゃないって、すぐに終わるからって。
「目、閉じてて……」
それが変身の合図になる。
髪を何かピン留めなのかな。前髪だけ上に留められて、おでこが丸見えなのが少し恥ずかしい。そしてこめかみのところをマッサージされて、水、じゃないよね。たぶん化粧水だろう冷たい液体を染み込ませた脱脂綿とかが頬に触れた。
「肌キレー、歳、いくつなんだっけ?」
「……三、じゅ、」
「え! 三十代? まーじーかー。すごい。羨ましい。化粧水とかは?」
使ってないと首を横に振ると、また羨ましいと落胆された。
「私、男はこういうの、女はこういうの、日本人は髪が黒くて、瞳も黒くて、って言うの、つまらないと思うの」
「……」
「だから、この世界に入りたいんだ。あとね、もう一つ、この世界に入った理由があるの」
ふわりふわりと、たんぽぽの綿毛のように想像している何かが頬と鼻先を撫でた。
きっとほんの数分のできごと。
「服って、魔法みたいなんだよ? 着ている人をその服で染めちゃえるくらい強い魔法の力を持ってるの。はい。目を開けてー」
くるりと椅子を回転させられて、そして目を開けると、そこには。
「スーツを着たら、ビシッと。ジャージを着たら、ダルッと。そんで……」
そこには。
「はい。素敵な君はこれを着てね」
そこには――。
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