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第45話 ただれた朝
「……さん」
郁の声だ。起こしに来てくれたんだ。鼻、摘まれちゃう。
声、低くなったよね。うちに来てすぐくらいだったっけ。声変わりが始まっちゃって、自分の声がおかしいのか、たまに難しい顔をしたりしてた。掠れて、すぐにひっくり返る自分の声に赤面したり。
天使の歌声、ってよく言うけど、本当にそんな感じに澄んだ優しい綺麗な声が、もうこんな低くて、カッコいい、男性らしい声になるなんてさ。
「……み」
僕はそこまで低い声じゃないから、ちょっといいなぁなんて思ったこともあったけど。
――文の声、好きだよ。
そう言われたから、ちょっと好きになった。単純だよね。好きな人に、自分の部分で好きなところを言われたら、気に入ってるところを言われたら、それだけで、コンプレックスが消えちゃうなんてさ。
声だけじゃなくて。
――綺麗だって。隠さないでよ。
他のところも。
「ふみ」
――ここも、すげぇ、可愛い。
可愛いって言ってくれたから。
「ふーみ」
どこもかしこも。
――文。
「文、起きないと」
僕のことを何度も。
「悪戯するけど?」
「ひゃああああっ、ぁっ……っン」
可愛いなんていうから。
「い、郁!」
「はよ」
「ちょ、ぁっ、はぁっ……ン」
本気にしてしまう。
「勃ってる」
「うわああ、ぁ、ぁ、ぁっン、って、ちょっ、何」
「起きないから、悪戯してんの。俺は春休みだけど、文は仕事だろ?」
「ン、そ、だからっ、あっ、ン」
えっと、えっと。時間、そうだ。時間、今何時?
「今、六時半」
「ひゃぁっン」
頭の中がふわふわ寝惚けてるのに、そんなとこ齧らないでよ。
「あ、ぁっン」
「文」
「も、起きたっ」
「いつもはちっとも起きねぇじゃん」
そう、いつもは、こうじゃなくて、起きろって呼ばれても起きる気配のない僕の鼻を摘んで、ふごっ! ってしたところで、圧し掛かられるんだ。重くて、いきなりだからびっくりして、そこで目を覚ます。もちろん視界に飛び込んでくるのは郁のどアップ。心臓が飛び上がって、慌てふためいたら、郁が早く起きろって笑うんだ。
「あ、ン……ン」
圧し掛かられてるのは同じだけど。
「ぁ、はぁっ……ン」
鼻を摘まんじゃなくて。
「あっやぁっン」
胸のところにある粒を摘まれて、横向きに寝ていた僕はいきなりの刺激に、背中を丸めた。乳首、ダメになっちゃいそうなくらい、気持ちイイ。
「ン、ぁっ……はぁっン」
そこを一日かけて、郁の指に、唇に、舌に快感を教えられたせいで、もう。
「あぁぁっ!」
爪で引っ掛かれるとたまらなくなるようになった。
「あっン」
昨日の夜だった。乳首を丁寧に丁寧に舌で舐められたら、なぜかお腹の下のところ、中の奥辺りが切なくなった。
「いっ……く、ぁっン」
欲しくなった。
「文」
「……ぁ、ン……郁」
昨日、ほとんどベッドですごしたんだ。触れたら触れただけ欲しくなる。けれど、もう欲しがってもいいって思うと、止められなくて。止める気もなくて、ただ求め合ってた。抱き合って、ほとんど半裸のまま。
「…………しないの?」
ただれた一日を過ごしたんだ。
「郁」
「夜、ここ、挿れさせて」
「あン」
いかがわしい行為に浸る、ただれた休日。
「あ、あ、ぁっ、あっン」
「文」
布団の中、恋人の掌で扱かれる自分のペニスが気持ち良さそうに、くちゅくちゅと甘い音をさせてる。横向きで背後から抱き締めてくれる郁の硬いペニスをお尻のところで擦りながら、自分のペニスは郁の掌の中に。
朝から、郁の掌とセックスをしてる。
「文」
「ぁ、あっ」
恋人の腕の中、乱れたパジャマを半裸にひん剥いて。
「あ、ぁっ、も、出ちゃう」
「いいよ。出して」
いやらしい声をあげながら、身悶えてた。
「ふわぁ」
我慢しきれず出てしまったあくびに慌てて口元を隠した。
「あら、寝不足ですか?」
でも、バレてしまって、パートさんの手前、謝ってから笑って誤魔化した。
「今日はあったかいですもんねぇ。もう桜が咲くかしら。ほら、今年は少し寒い日が続いたでしょ? 桜の開花、遅くて。隣駅のところの桜祭りが満開じゃない中だったくらいだけど」
隣駅から少し離れた河川敷には桜並木が続いてる。年に一度、そこは桜祭りってことで、屋台が並んでお花見客もたくさんいるんだけど。今年は開花がズレにズレてしまっていた。
「……来週、くらい、かもですね」
窓の外に視線を向けると、うちの庭の大きな桜の木、花の、薄っすらと淡いピンク色を予感させるほど膨らんだ蕾がいくつもあった。
「ようやく、春って、感じになるのかしらね」
「……えぇ」
春が、もう、来ていた。
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