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第47話 恋人旅行
親戚って感じを出したほうがいい?
それとも、ほんの少しでも若作りしたほうが自然に見える? って、さすがに無理があるかな。いつもは横に流してる髪を全部そのまま下ろしたくらいじゃ若くなんて見えない? 服も、カジュアルにしてみたけれど、ラフな格好をした三十五歳って感じなだけかな。
「うーん……」
さすがに十代にはどう頑張ったって見えないよね。郁と同年代にっていうのは無理難題すぎる? でもどうにかしたら、大学生くらいには……無理、かな。じゃあ、せめて、社会人なりたて、くらい、とか? おこがましいか。二十代後半くらいにはどうにかこうにか……やっぱり親戚ってほうが無難?
「う、うーん……」
「何唸ってんの?」
「!」
「早く行こう? 別に、文なら何着たって可愛いよ」
「バッ、バカなことを」
マジだって、そう笑いながら郁が黒いコートのポケットにしまっていたスマホの時間を確認した。
ほら、マジでそろそろ行こうと僕を急かして、また笑った。傍目から見てもわかるほど郁が楽しそうにしてる。そして、僕も楽しみで、少し、落ち着かない。
「文のその服、似合ってるよ」
「……」
これ、でいい?
「玄関行ってる」
「う、うん……」
これで、平気?
「あ、あと、寒いだろうから、マフラー、してきなよ。ほら、巻いてやる」
「……」
郁の卒業と進学祝いを兼ねた、一泊二日の旅行。
マフラーくらい自分でするよ? というか、僕が郁に世話を焼かれるのって、おかしいでしょう?
「…………」
「郁?」
それに、くすぐったくなる。
「……行こうぜ」
郁が巻いてくれたマフラーが首筋にくすぐったい。それと、なんと説明するのが一番合っているのかわからないけれど、胸のところも、くすぐったくて、顔がニヤけてしまうんだ。
「あ、ここ、すげぇ覚えてんだ」
電車に揺られながら、郁が車窓の向こうを指さした。
「桜?」
「うん」
そこには学校があって、校庭をぐるりと桜の木が覆っている。まだ、今は早すぎて咲いていないけれど、時期になるとたしかに満開になって、見事だった。
「文んちに行くってなると、電車でさ、ここを通ったのを覚えてる」
「覚えてるって、六歳の?」
さすがに二歳三歳の頃は覚えてないだろう。郁が毎年うちに遊びにやってきたのは六歳まで。小学校に上がる前まで、春になるとりょうちゃんと来ていたけれど。
「桜、綺麗だなぁって思った。けど、文んちに行ったらもっとでかい桜があるじゃん?」
「あぁ、うん、そうだね」
「満開で綺麗だなぁって思って、そんで、文がさ」
「?」
郁が僕に微笑む。
優しく笑ってくれたのが何より嬉しくて、桜とその笑顔は一緒の思い出として胸に残っていた。おぼろげな記憶だけれど、笑顔と桜がくっついて、その学校の桜を見ると、僕の笑顔を思い出して楽しくなってたって、教えてくれた。
「だから、桜の花はすげぇ好き」
「!」
桜の花と僕の笑顔。
「そ、それなら、僕も、だよ」
「?」
「桜が咲いたら、郁が来る頃ってことだから」
その二つは一緒になっている。だから、好きだよ。桜の花は何より好き。
「桜が一番好き」
「……」
俯いてしまうほど、頬が熱い。
「あっそ……」
そっけない返事。
けれど、見上げた郁は手でその口元を覆い隠してる。その手、その薬指にはピンクゴールドの輪が輝いていた。
もちろん、僕の指にも同じ輪がある。
並べない限り、それがペアリングだと気がつく人はいないだろうけれど、でも、その指にある輪ひとつで、誰かがいるっていうのはわかるシンプルな指輪。
あぁ、この彼には恋人がいるんだ。ってわかる、飾りとしてじゃない指輪が、郁の指で輝いていた。
「ぁ、温泉さ、織物も有名らしくて。だからそこに決めたんだけど。博物館とかもあるって、行ってみたかったら」
「そうなんだ。ちょっと行ってみたいかも」
「宿にチェックインしてから、行こうぜ」
「うん」
「あと、料理、メインを肉か魚で選べるんだけど。肉にした」」
「いいよ、なんでも」
高校の卒業のお祝いに温泉で一泊旅行。
どう見えるだろうか。男性二人の旅行。親子ほど年齢離れてるわけでもないし、顔立ちだって全く違う。遠い親戚と、そんな旅行を二人でするなんてあまりないだろう?
けれど、恋人同士には、見えないと思う。
でも、本当はね。恋人同士に見えたらいいなぁ、なんて思っているんだ。僕らのことを誰も知らない場所に行くのなら。
無理かな。男同士じゃ、友だちだと思われるかな。
「わぁ……」
「眠い?」
郁が大きなあくびをひとつして、声をかけると、「んー」と曖昧な返事をした。
特急列車の発着駅まで出て、そこから一時間半。お弁当は特急の中で食べればいいかなって思ってたけど、眠いのなら、列車に乗っている間は寝たいかもしれない。それなら、その前のとこ、大きな駅だから、駅の中にレストランくらいあるだろうし、そこで済ませてしまうのでも。
「あんま寝てない」
「そうなの? そした、ら……」
「楽しみすぎて」
織物の博物館に、メインはお肉。温泉も良さそうな感じだった。写真見たけれど景色も綺麗なところだったね。それから。
「!」
眩しそうに目を細めて、郁の大きな手が頬に触れた。触れて、すぐに離れたけれど、窓のところに頭を預けて、ふわりと微笑んでそんな風に頬に触れたりなんて。まるで――。
「う、ん。旅行、楽しみ、だね」
「んーまぁ、それもだけど」
「?」
他にも何かあるの?
「気にしないでいいじゃん」
「……」
「周り、とかさ」
まるで、その仕草は恋人同士のそれで。
「だから、なんか楽しみすぎて、あんま眠れなかった」
くすぐったいと、たまらなく、頬がふにゃふにゃに緩んでしまうほど、とてもくすぐったい。
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