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第48話 なんとなくな雰囲気

 特急を降りてすぐ、駅のホームから見える景色は山なのに。やっぱり観光地はうちの田舎とは違っている。  改札を抜けると、駅前のロータリーはとても広々としていた。もうそこだけ見たら遊園地の入り口みたいに花壇には満開の花が咲いて、桜色の旗が風にはためいて、歓迎の文字が躍ってた。 「お待ちしておりました」  郁が予約してくれた旅館はちょっと豪勢すぎる気がしたけれど。 「それではチェックインのお手続きを――」  足音一つしない毛足の長い絨毯に、丁寧な接客。それに。 「お客様?」 「あ、はい。ごめんなさい」 「文、俺が手続きしとく」 「え……」 「あれ綺麗だな」  それに、ロビーに飾ってある色内掛けがすごく見事な織物だ。  黒地に朱と金の糸、煌びやかだけれど、黒がかなりしっかり重い黒色をしているから、しっとりとした色香がある。素敵だ。けっこう糸をつめてるから、硬くてしっかりしてそう。  へぇ、なるほど。  ぁ、ここのデザインすごい、複雑。構成するの大変だっただろうに。ここもすごい綺麗。こっちなんて。 「綺麗ですか?」 「はい。すごく。ここの部分、金に青がほんの僅かだけれど混ざってるんですよ。ね? ほら、だから、金の色がチカチカしない。色味が押さえられてて」  触るわけにはいかないから、指でさして教えた。裾の部分が特に見事だから、しゃがみこんで、視界の邪魔にならないように。 「えっ? あ、あれ?」  教えながら、誰に教えてるの? って、郁じゃない、知らない声だったと気が付いて。慌てて振り返ると、そこには僕らの荷物を持った仲居さんがいて優しく微笑んでいた。 「あ、えっと……」  郁かと思ってた。郁は敬語なんて使わないのに、織り目を見ることに忙しくて。 「文」 「!」 「チェックイン終わった」 「あ、はい」  夢中になりすぎ。織物のことを意気揚々と語ってしまった。 「お荷物、お預かりいたします」 「す、すみません」  かぁっと熱くなった頬を隠すように少し俯いて、まるで子どもだ。どっちが年下なんだかこれじゃわからない。見た目じゃなくて精神年齢のほうの話だけれど。 「ったく」 「郁かと思って普通に話しちゃったじゃん」 「そのうちさらわれそうだ」 「さらわれないよ。不審者かもしれないけど」  僕がね。仲居さんに、その旅館に飾られた織物のことを熱く語る不審者。 「織物を見せびらかしたら、簡単についてきそう」 「そ、そんなことありません」  即座に否定したけど、ほら、郁のせいだ。笑われてしまった。仲居さんがエレベーターの中、わずかにだけれど笑っていて、また頬が熱くなった。  ねぇ、郁、部屋、ちょっと本当に豪勢すぎない? 半分出すんでいいって言ってたけど、これ、その半分だってバカにならないでしょう? 二人で宿泊なのに、部屋がふたつあるし、広縁が広すぎるし。 「ぁ、ンっ……」  景色もすごい。  緑が深くて、とても綺麗だよ? 同じ山に似たような木なのに、なぜかこっちは絵画みたいに美しい。 「郁っ」  あの仲居の女性が窓の外に視線を向けて、初夏の頃は緑がもっと深くなると教えてくれた。秋にはそれがしっかり色づいてそれはそれは見事な赤と朱と黄金色に変わるんだって。 「あぁっ……や、ン」 「文、声、エロい」 「ン、ぁっ……ン」 「感度、すごいけど?」  硬くなった乳首を摘まれて、甘い吐息が零れるのが止められない。 「ん、だって」  さっきの仲居さん、僕らが恋人同士って。  ――パートナー様は着物お詳しいのですか?  さっきあんなに語ったんだから何かしら、そういう事柄に精通していると思ったんだろう。けれど、僕がびっくりして、聞き返してしまったから、彼女は失礼なことを尋ねてしまったって謝っていた。プライベートを詮索しすぎたと思ったらしく、自分の口元で手を慌てて振ったけれど。違うんだ。 「あ、ぁっ……ン、それ」 「……」 「気持ちイイよ」  乳首を指で摘まれるとたまらなくなる。  僕が仲居さんに驚いてしまったのは、色内掛けのことじゃなくて、僕らのことを恋人同士だと思っていたからだ。  パートナーってさ、男同士、友だち相手には使わないでしょう? 家族も、そうは呼ばない。  ほら、男女なら、なんていうんだろう。奥様? 旦那様? そういうの、恋人としての関係の時に、そう呼ばれたらくすぐったくて嬉しいだろう。けれど、僕らは同性だから、奥様旦那様とかじゃなくて、その関係性を「パートナー」と呼んだりする。  するけれど、それを仲居さんに普通に言われたことに驚いたんだ。  どうしてわかったんだろう? と、思ったんだ。 「ぁ、ン、郁っ」  乳首を爪でカリカリ引っ掛かれて、切なさに、一面絶景が美しいキャンバスみたいなガラス窓についた手が力を込める。  ガラス窓の向こうの景色を鑑賞していたら、うなじにキスをされた。たかが唇が触れただけで、甘い声をあげた僕に、郁の唇は煽るようにキスを繰り返す。うなじに歯を立てられたらもう切なくて、思わず、ガラス窓に手をついた。  手をついて、背中を、腰の辺りを押し付けるように、郁に触れて、硬くなっていたペニスに自分から擦り寄った。  ねだるように、腰を揺らして。  ――指輪してらっしゃったので。それと。 「あ、ぁっ……郁っ」 「文」 「ンっ……ん」  背後から抱き締める郁に齧り付いてキスをする。 「ン……ふ、ぁっ」  舌を差し込んで、唾液欲しさに喉を鳴らして、郁の乱れた呼吸さえも僕のものにするみたいに、深く濃厚に唇を重ねる。  恋人同士でしかしない、やらしくてみだらなキスを。 「文……博物館は?」 「ぁ、ン、明日、でいいよ」  博物館よりもしたいことがある。 「あ、郁、お願いっ」 「……」 「……して?」  恋人としかしないこと。やらしくて、気持ち良くて、そして甘くてたまらない行為。  ――それと、なんとなく、です。お二人の雰囲気が。  セックスしたい。だって、あの仲居さんに恋人だと言われて、嬉しくて、今、どうしても郁に抱いて欲しくなったんだ。
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