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第54話 入学式、壇上の話はけっこう長い。

「いくー! 用意でき……た……」  ダークなブルーグレーが長身で大人びた郁にとても似合っていた。他にも着てはみたけれど、初めに素敵だと思ったそれが一番で結局それにした。 「どう、惚れた?」  やっぱり、それが一番似合ってる。 「もう……惚れてるよ?」  自分で訊いたくせに、答えたら、照れてしまった。  だって、本当にカッコいいんだ。郁のスーツ姿、試着室でブラウン、濃紺、ストライプ、ブラック、色々見たけれどやっぱりそれがダントツだった。でも、実はどれも凛々しかったよ。けれど、ここで見るとなんだか感動が勝るんだ。  ハイハイもできなかった君が半年過ごしたうちだもの。 「や、やっぱりカッコいいー……りょうちゃんも天国で大喜びだよ」 「かもな」 「もちろん、僕の両親も」 「そうだったら、めちゃくちゃ嬉しいけど」  君が今日、専門学校に入学する。  すごいね。あの郁が、もう専門学校に通う歳になったよ? あんなに小さかったのに。 「けど、どうだろうな」 「?」 「うちの息子をたぶらかしてっつって、すげぇ怒ってるかも」 「そうだとしても」  初めて抱っこした君はあったかくて、ほわほわに柔らかくて、甘いミルクの香りがしたっけ。 「僕は、郁がずっと好きだったから」 「……」  今、抱き締めた君は柔らかく、はないけれど、甘いミルクの香りはしなくなったけれど、でも、変わらず温かい。 「あ、のなぁっ! 文!」 「?」 「文のスーツ姿、すげぇエロくて、ヤバいんだから煽るなよ! 襲うぞ!」 「なっ、何言ってんの! もう! 大きな声で!」 「うっせぇ!」 「っぷ……」  あぁ、でも、唇は柔らかくて、キスは甘いよ? あと、怒った顔も可愛い。 「デート」 「何言ってるの? 明日から学校あるのに」 「無理」  うーん、そんな怒った顔したって、ダメって言わないといけないのに。 「無理じゃないでしょ」 「無理だっつうの」  ほら。何の話をしているんだかわからなくなる。駄々っ子になった郁が可愛くてさ。ダメなんだけど、片道二時間、往復四時間。これから毎日だよ? けっこう大変なんだから。デートなんて。 「せっかく向こうに一緒に行くんだし。文がエロいスーツだし」 「エロいは余計だよ。ほら、への字にしないで。通うの大変なんだから」 「あぁ、すげぇ大変。めちゃくちゃ大変」  そうでしょう? だから、ちゃんと良い子に。 「だから、デートしてくれたら頑張れると思う」 「もう」 「してよ。デート」  ちゃんと良い子に。 「……ン」  抱き締めたのに、抱き締められてる。あの、ぷにぷにとまぁるかった手が大きく力強く僕を抱くんだ。 「入学、おめでとうございます」 「……あ、りがとうございます、つうか、誤魔化した」 「うん?」  あの日も桜が満開だった。  ――あっ! すごい、郁ってば、文くんのこと気に入っちゃったみたい。  僕が君を抱っこしたあの日もね、桜の花がまるで綿飴みたいにたくさん花を咲かせて、君の頭上に薄ピンク色をした屋根みたいだったんだ。 「文? なんだよ、笑って」 「んー? 郁を初めて抱いた日を思い出したんだ」 「言い方」 「あはは、でもね、こうして抱っこしたら、笑ったんだよ?」 「キャッキャって、だろ?」  そして僕を抱き締める郁の頭を抱きかかえた。少し背伸びをしないといけないのが悔しいけれど。 「きっと、その時から、文のことが好きだった」 「赤ん坊だよ?」 「好きだった。絶対に」 「……」  そう? そうだったら、なんて素敵なんだろう。 「だって、俺の初恋は文だから」 「あら、偶然」 「?」  僕もね、初恋は郁なんだよ? そう告げて、笑いながらキスをした。  いつからか、その線引きはとても曖昧になってしまうけれど、この感情は君にしか持ったことがない。  胸のところがぎゅっと切なくなるくらいの恋しさは、愛しさは、郁にしか、持ったことないんだ。  やっぱり服飾の専門学校だからかな。すごかった。けっこう独特というか、ファッショナブル? な感じの子がいた。郁の同級生になるんだぁなんて。欲目ってやつなのかな。新入生の中でもやっぱり郁は目立っている気がした。  そんな普通の学校の入学式よりはカラフルな出で立ちの子が多いか中、一際目立つ頭をした子を見つけて、思わず、声に出てしまった。入学式が終わってすぐ新入生がぞろぞろと退場していくのを見送っていた時、在学生の中に、あの子を見つけた気がする。たぶんだけれど、フランス人形のようだったから、覚えてるんだ。文化祭で変身を手伝ってくれた生徒さん。スタイリスト科って言っていた。あの時は金髪だったけど、今日はその金髪の毛先にだけ黒を入れていた。真っ黒な、黒は茶色とかの明るい髪色が多い中だと一際浮き立っている。  まるで黒留袖の反物みたいだなぁ、なんて。  でも、僕ら、新年生の保護者もぞろぞろ立ち上がってしまって、遠くにいた彼女はすぐに人の波に埋もれて見えなくなってしまった。  郁たち新入生はミーティングがあるのでそれぞれの科へ。もう高校生じゃないから、親は待っていてもいいし、帰っても大丈夫。  あ、でも、教科書とか今日持ち帰るんだっけ? 重いよね。そしたら僕も――。 「文!」  やっぱり僕も一緒に帰ろうかな。 「終わったら、速攻で来るから」 「……うん」 「!」  早く帰って明日から始まる怒涛の新生活に備えたほうがいいと思うけれど、でも、スーツ着て大人っぽいのに、ただのデートにはしゃぐところが可愛くて、もっと見ていたくなってしまったんだ。

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