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第66話 中学生

「へぇ、動画に載ってるんですか?」 「あーうん、って、スマホとかそういうの禁止なんだよね」  中学生じゃ持ってる子もいるだろうけど、学校での使用は禁止。なので、課外授業の一環になるこの職場体験でももちろん禁止。  それなのに大人の僕がスマホで動画を見せてたら……ダメだよね。 「あ、私も見たーい」  女の子二人は小さなスマホの前に座り、昨日あげたゴム編みを自分たちでもしてみたいと、楽しそうに肩をくっつけ動画を見ていた。 「すごいすごーい」 「超可愛い!」  でも、休憩中だし、いいかなぁって。 「何? お前ら、何してんの?」  三人のうちの一人、一番背も高く、肩もしっかりしている男の子が女子に話しかけてきた。小麦色の肌で活発そうな感じだからきっと運動部なんだろう。その男の子が女子二人の仲に混ざって、一緒に動画を覗き込んでいた。  きゃっきゃとはしゃぐ声が可愛いなぁと思いつつ、邪魔しないように大人の僕はゴム編みの指導を動画にまかせてその場を離れた。  去年、あの髪を結わくのをイヤがっていたお洒落な女の子は同じグループの男子が好きだったんだよね。それで、僕はキューピッドを――。 「……外、暑くない?」 「! す、すみません!」  桜の木の下、男の子が一人ぽつんと立っていた。ぽつんと、つまらなそうに桜の木の幹を爪先でコンコンとノックしていた。けれど、家主である僕に話しかけられて飛び上がると、蹴っていた足を引っ込めた。 「あ、いや、いいんだけど。ここ、暑いでしょ?」 「あー……」  男の子はとても言いにくそうに俯いて、足元の土を今度は爪先でいじってる。 「中で、皆、ゴム編みやってるよ?」 「……」 「男の子も一緒にやってるから、行ってみたら?」  あれ? なんか、ダメだった? 男の子は休憩中だからと頭から取って手に持っていた青地に波紋の三角巾を胸のところでくしゃくしゃにすると、唇をきゅっと真一文字に結ぶ。 「……はい」  返事をして、彼はイヤそうに三角巾を頭にかぶせた。  三角巾がイヤなんじゃない。たぶん、彼は、戻りたくなかったんだ。 「えー、ここ、すっごいわかんないっ」 「は? お前、不器用だな」 「うっさいなー」  慣れないと緊張から肩も凝るし目も疲れるし、飽きるよね。皆最初はそうなんだよ。でも、若いからかな。一週間すると、すごいてきぱき進められるようになってる。今の作業スピードが倍くらいになるんだ。  でも、今はまだ飽きる時期で、お洒落に気を使っている女の子が根を上げた。すると、その斜め後ろにいた小麦色の肌をした運動部っぽい男の子が笑って声をかける。話しかけられて女の子は心なしか頬が赤らんで、声が弾んだ。 「はーい。頑張って手を動かしてください」  そんな二人の様子を、あの休憩の時、外でぽつんとしていた男の子が見て、その時と同じ表情をした。 「ほら、怒られちゃったじゃん」 「や、俺、飽きてねぇし」 「はいはい」  あの子の表情がもっと寂しそうになる。  なるほど、きっとあの青地の三角巾を選んだ彼はあの女の子のことが好きなんだ。でも、片想い。 「あれぇ、これどうやるんだろー」 「お前、馬鹿だろ」 「もー、いちいちうるさいなー」  切ない顔。 「ほら、ここをこうしてこうだよ」  片想い、かぁ。 「なるほどー、あったまいいー」  去年とは違う子たち。去年とは違う恋愛。  僕はその子の切ない片想いをただじっと見守っていた。  ――や、そんなん、首突っ込むなよ。  そうだよね。うん。そう思うんだ。でもさ、あの子、すごい切ない顔してたんだ。何か手伝いたくなるじゃん。 「うわー、超早いじゃん。マジで? 野球部のくせに、マジで?」 「は? そこカンケーなくね?」  だってだって、あの二人、めちゃくちゃ仲良しの雰囲気をかもし出してるんだもの。ちょっといたたまれないでしょ! ねぇ! 郁!  なんて、心の中で、今、電気代節約も兼ねて図書館に行って課題のレポートを作っている郁がいる東の方向に向けて叫んでた。  別に両思いの二人を引き裂きたいとかじゃないんだけどさ。僕がどっちかと言えば、日陰というか、いや、あの青の三角巾の子が日陰って意味じゃなくて、そうじゃないけど、でも、決して目立たない感じだったから。ついそっちに肩入れしてしまうというか。  ――っていうか、文の仕事は?  はい。織物業で、今は、ちょっと先生っぽく、中学生に仕事を教えています。  ――あと数日なんだから、そのまま放っておけよ。中学生の恋愛なんて、振った振られたの連続だ。  え? そうなの?  そこで、びっくりしながらそう答えると、郁も驚いてた。「は?」って言われてしまうくらいに驚かれて、じゃあ、中学の時は? って。  そんなの決ってる。僕が当時考えてたことなんて、その前日に見たテレビのこととか、あぁ明日は水泳の大会があってやだな、とか。  ――花火大会とか、どうしてたんだよ。  どうって、家で見てたよ? 見えるでしょう? あ、でも、その花火を見ながら、郁も一緒にいたらいいのになぁ、とは思った。喜ぶかなぁって考えて、郁の笑った顔を思い浮かべて、会いたいなぁ、って。背はどのくらい伸びたかな。春にはこのくらいだったから、とか。  そんなことを考えてたよ、と答えると、真っ赤になってしまってた。  ――あのなぁ。  だって生まれたての郁はとても柔らかくて甘い香りがして抱っこせずにはいられない可愛さだったんだ。  そう教えてあげると、僕が抱っこされた。  ――ホント、鈍感。  郁に抱っこされながら、ベッドの上まで運ばれてそんなことを呟かれて。 「おっとっとと」 「大丈夫ですかー?」 「あー、あははは」  大丈夫、じゃない、かな。  ――文、加減、できないけど、明日、あんま無理しないで。  ――はっ? え、ぁっ、ちょっ……ぁっン。  だって、加減できないと晴れやかに宣言をした十六歳下の男の子に、本当に手加減なしで抱かれて、今日は、ちっとも無理できそうにないから。  だから、健やかな中学生に僕は笑って誤魔化すくらいしかできなかった。

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