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第68話 拙い幼い、一つの片想い

 終わるかなぁ。あと二日しかないんだけど、あの野球部の子と、その野球部の子を好きな女の子に片想いをしているんだろう男の子、このペアはもしかしたら残り二日じゃ完成しないかもしれない。  織り機は二台、それを二、もしくは三人で使ってもらいながら、布を完成させていくんだけれど、あの二人は少し作業が遅れていた。  でも、それはそれで、かな。ある程度形にはなってるし、そのくらい時間がかかることもあるんですよっていうのがわかってもらえるのも、またいつか仕事をする上で彼らの役に立つかもしれないよね。  市からの要請を受けて、スケジュールをこちらで調節して、一週間、織り機はもちろんうちの仕事としては使えない。でも、補助も出るし、スケジュールはこちらで決められるから、大丈夫なんだけれど。リミットは厳守になってしまう。織り終わっても終わらなくても、そこで職業体験は終わり。  最後まで織らせてあげたいなぁとも思うんだけどね。  彼らが帰った後の作業場は、織り手を失った機械たちが休息しているように静かだった。 「あ、すみません」  その子も人がいると思わなかったんだろう、戸を開けて、僕を見つけて、本当に飛びあがって驚いていた。  片想いをしている男の子、だ。 「お疲れ様。忘れ物?」 「あ、はい。定期、忘れちゃって」 「あらら」  それは大変だと彼が座っていた辺りを見てみると、作業台の下、足で知らず知らずのうちに蹴ってしまったんだろう。隠れていた。 「ちょっとだけ……待ってて……取る、ぐっ」  ギリギリ、僕の手を精一杯伸ばして、ちょこんと指先に、パスケースがっ。 「うぐっ……んんん」  もうちょっとなんだけど。  パスケース。作業台をどかせば。郁が帰ってきたら、どうにか。あ、でも今日は遅くなるんだった。 「あ、あの……これ……」 「へ?」  その子が差し出したのは、ホウキ。の、枝の方を僕に向けている。 「あ……そ、だよね」 「どうぞ」 「あはは、ありがと」  ホウキで取ればいいのに。もう、馬鹿だなぁ。 「はい。どうぞ」 「あ、ありがとうございます」 「いえいえ」  彼はパスケースを制服のポケットに入れ、立ち上がる。 「……」  けれど、帰ることなく、その場に立ち尽くしている。 「? どうかした?」  まだ、何か忘れ物? 「あ、あの、この前、やってた編み方、教えてもらえないですか?」 「え?」 「ゴム、みたいにするやつ」  彼は、顔を真っ赤にして、手をぎゅっと握っていた。  一段目、地のところをまずは作って、それを土台に、左の編み目から紐を摘んで、くるりと巻きつけながら……輪の、ここ、からくぐらせて。 「あれ……? ちょっと待っててね」 「はい……」 「えっとね、こっちの編み目の間から、指を、えっと、それで」 「……」 「あははは」  ごめんね。この前覚えてんだけど。どっちの目を通すのかわからなくなっちゃった。 「あ、こっちだ、こっちから通して、それで」 「……」 「そうそう。上手」  彼は細くて白い指を編み棒のように器用にくねらせ、金色の混ざった布切を上手に紐状に編んでいく。一つ目、二つ目、三つ目。 「僕より上手だねぇ」 「……ありがとうございます」  編み方覚えて、教えてあげるのかな。最初に皆と打ち解けるためにもちょうどいいかなって、これをやったけれど、でも、それはこの職業体験の前半のことだった。もう皆は明後日まで織物を仕上げることに集中している。  あの女の子、すごい気に入ってたもんね。これ。可愛いって。だから、初日こそ髪縛ってなかったけれど、その後はずっと髪をその編み紐で結わいてる。一つにただ束ねることもあれば、三つ編みの中に織り込んでいたり。リボンの代わりにもしてた。 「……これ、あいつに教えてあげようと思って」 「……」 「あいつ、指太いし、不器用だから」  あいつって、野球部の子、だよね。 「……そっか」 「……はい」  片想い、かぁ。 「俺、片想いしかしたことないんです」 「え?」  びっくりした。心の中を読まれてしまったのかと。 「好きとか、告白もしたことなくて」 「そう、なの?」 「だって、フラれるのわかってるし」 「そんなこと」  わかってるんですって彼はフルフルと首を横に振った。  片想いは、もしも実らないのならいつか整理をして、片付けないと、いけない。  ――けど、もう、平気、かな。  成田さんみたいに、そう言えるようになるまで。でもさ、その、もしも実らないのならって、どこで思えるんだろう。 「そんなこと、ない……かもしれないよ? 言ってみたらさ」 「……無理ですよ。だって、あいつの好きな人知ってるし、それに」  白く長い指にはまだ中学生らしい幼さと拙さが残ってる。華奢で、儚げで。 「でも、告白する勇気も、ないから」  でも、綺麗な子だなぁと思った。凛とした綺麗さのある、子だなって。  僕は、この男の子はあの女の子のことが好きなんだと思ってた。じっと見つめて、その声に耳を傾けて、意識を向けて、一生懸命に想っている相手はあの女の子だって。 「フラれるのわかってるって、もう諦められる。告白するのも断られるのが怖くてできそうにない。そのくらいの好きじゃ、無理ですよ」 「……」 「最初から叶わないってわかっちゃって、整理できちゃってるから」  でも、こんなに凛とした綺麗な男の子なら、お洒落を気にする女の子も、活発で元気で人気者だろう男の子も、好きになってしまいそうだなって思う。 「最初から、片想いで終わる好きだったんです」 「……」 「でも、この編み方だけは覚えて教えてやろうかなって。あいつ、そしたら、好きな子との会話のきっかけにしそうだし。俺も、それを手伝いできたら、嬉しいから」  そんな綺麗な男の子が泣きながら笑うのが、とても愛しくて。 「頑張ってね。すごく、応援してる」  とても幸せに笑って欲しいなぁって、すごく願わずにはいられなかった。

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