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第74話 ラッキーで、なんて幸せな
「わぁぁ、こんな感じになっちゃうのねぇ」
「すごいわぁ」
パートさんにも見せてあげようと思って写真をさ、撮ってきたんだ。太市君の渾身のスタイリングと、その手伝いをした「相馬織物屋」の名前を。
いつもの織物と同じように織っているのに、糸が色が、変わるだけで全く別の顔になる。面白いなぁって、僕もその場でマジマジと見てしまったくらい。
「あ! こっち! 社長も写ってる!」
「あー、うん。製作協力ってことで紹介してもらったんだ」
太市君が来てたのは週末。平日は学校があるからこっちに来ることはなかった。だから、パートさんはこの織物も、それを作った太市君も今初めて目にしてるわけで。
「まぁ、お人形みたいに可愛い子」
「頭、髪が赤なんて、お洒落ねぇ」
「色変えるのって大変なんだって娘が言ってたわ」
「へぇ」
色を一度抜いて、そこに別の色を染み込ませるから、髪は傷むし、傷めば千切れるし。それを防ぐためのトリートメントをつけたり、と色々大変らしいのよ、とパートさんが語っていた。
「赤い髪が似合うなんて、芸能人みたいだわぁ」
でも、そのお人形みたいに可愛い子、実は、男の子なんです。
なんて言ったら、白目剥いて倒れちゃうかな。
「アイドルみたいよね」
「そうそう! なんだっけ、あの、テレビによく出てる、あの」
ここは田舎だからなぁ。髪色だって金髪にしていれば、若い子はそうでもなくても、大概の大人はその金髪だけで「不良」だと決め付ける。赤い髪も少しファッショナブルなお洒落も、デザインが奇抜になればなるほど、それは「特別」なものになる。
アイドルだったり、芸能人だったり。
周りと違う、をすごく嫌ったり怪訝に思ったりするから、だから、この子が男の子っていうこともとても驚くだろう。
「でも、社長も美男子だわぁ」
「えぇ? そんなことないですよ」
「ほらほら、俳優さんみたい」
「えぇぇ?」
「ねー? 郁君もそう思うでしょ?」
少し離れたところで、パソコンの打ち込み作業を手伝ってくれていた郁がパッと顔を上げた。
「そうっすね。でも、その写真の社長、顔引きつってません?」
「そう? ……どれどれ」
幸いなことに、パートさん二人は僕らのことを「特別」にしないでいてくれた。
「あら、本当だ。ちょっと……変ね」
僕らの指輪を見て、素敵ね。って言ってくれた。それはとても、とても嬉しいことで、僕らはとてもラッキーだと思う。
「変だわね」
「ちょっ! お二人ともっ」
こうして、のん気に笑って過ごせるのは、ラッキーだ。
「…………すげぇ、変な顔」
二人っきりになった職場で郁がぽつりと呟いた。
「失礼しちゃう」
「だって、マジで引きつってる」
そりゃ引きつるよ。慣れてないもの。
「それより! ほら、郁、手止めない」
「はーい」
郁の機織の音はまるで楽器みたい。ガタンガタン、ガタタン、音感がいいのはきっとりょうちゃん譲り。
作業している背中はすごくカッコいいんだ。足も使うからかな。まるでドラムでも叩いてるみたいで、見惚れてしまうんだ。
ほら、少し鼻歌混じりで、楽しそうで、作業の度に筋肉のうねる背中はカッコよくて。
この背中を、これからずっと隣で、そばで見ながら暮らす毎日はなんて愛しく素敵なんだろうと胸が躍る。
「……なんかさ」
ガタン、ガタタン。
「なんか、こういうの、俺、すげぇ好き」
「……」
「ここは、文のおじさんも、そのまた上の代の人も使ってたじゃん?」
郁は、背がとても高い。僕は標準? くらいかな。けれど、高校生の時から、頭ひとつ高かった。そういうとこもりょうちゃんそっくり。長い手足はモデルみたいで、踊るとすごく綺麗なんだ。
そのスラリと綺麗な身体を少しだけ丸めた背中は楽しそうにピアノを弾いてるみたい。
「そんな場所でさ、文と二人で織ってるのって、最高」
「……」
ドラムを叩くように、ピアノを弾くように機織をする郁は。
「僕も……」
とても楽しそう。
「僕も最高、だよ」
ずっと、ずーっとこの時間が続くなんてさ。
「文、ごめん」
「?」
「こっち」
「? 何?」
手招かれて、何かわからなくなっちゃったのかなって。糸が絡んじゃったのかなって、歩み寄って、捕まった。
「文……」
手を引っ張られて、そして、ガタン、ガタタンって、機織が止まる。
「ホント、最高だ……」
キスに蕩けそう。
「うん。最高だね」
こんな甘くて、楽しくて、幸せが溢れて零れそうなほどの時間がこれからずっと、ずっと、ずーっと続くなんて、なんて、ラッキーなんだろうと二人で笑い合った。
秋の次、冬が来て、そして、紅葉の赤が木々じゃなく地面に落っこちて、粉々に砕けて北風に吹き消えるまで、そう思っていた。
僕らのこの幸福はずっと続く。なんて、嬉しくて、なんてラッキーなんだろうと。
「初めまして」
「……」
「野間康高(のまやすたか)と申します」
彼が、現れるまでは。
あの文化祭、とても上等なスーツに身を包んだ紳士が。
「坂城郁の父です」
我が家にやって来るまでは。
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