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第81話 セックスはセックス

 帰り道、都心のどこもかしこも混雑したところから、駅を一つ、二つって過ぎていく度に人が各々の駅へと降りていく。少しずつ減っていって、乗り換え二つ目の電車を待ってる時、ふと、思ったんだ。  そういえば、よくレストランがわかったねって。  駅のホームは人も、もうまばらで、僕らはそのホームの端に立っていた。僕らだけ。  郁がどうしてレストランの場所がわかったのか、まるで犯人を突き止めた探偵のように得意気になって笑うのが、とても愛しくて、僕は、周囲に誰もいないのをいいことに、たくさんたくさん見つめてた。  会社に電話がかかってきて、電話の向こう、野間さんが伝えたレストランを僕が復唱していたのをパートさんが聞いてたんだ。そして、郁へと伝わった。  ――パートさんの地獄耳はすげぇな。  そういって笑っていた。  ――けど、そのおかげで、ヒーローみたいなことができた。  そう呟いた郁は大人びた表情をしていた。  カッコいいだけじゃない、優しい大人の男だった。 「僕ね……この前、なんだか、郁にひどいことをしてると思ったんだ」 「……は? いつ?」 「この前だよ。その……した、日」  お風呂から上がるとすぐ待ち構えていた郁に布団の上へと組み敷かれた。覆い被さられて、上から見つめる郁が僕の告白に目を丸くする。  いや、自白、かな。  罪悪感について、だから。 「……なんでだよ」 「郁はとても才能溢れる人で、野間さんみたいなお父さんがいて、それで、僕はしがない、その……」 「そんで?」  野間さんのことを隠してたこともあるんだろう。郁とする行為がひどく不道徳なことに思えた。でも、きっと一番の理由は、違う。 「郁をね」 「……」  そっと手を伸ばして、そっとシャープになった頬に触れた。 「汚してるって思った」  僕を抱けば抱くだけ、郁が汚れていってしまうような、そんな。 「はぁぁぁっ?」 「!」  大きな声、その全部が上から郁の溜め息ごと、覆い被さってきたからびっくりしてしまった。肩を竦めて、目を丸くすると、馬鹿って小さい声で叱られた。 「だって……」 「あのなぁ、セックスして子どもできんだろうが」  連発溜め息に、めんどくさそうな怖い顔をして髪をかき上げる。 「中出しするから、子どもできんだろ」 「ちょっ、郁っ」 「まぁ、俺らは子どもできないけど」 「……」 「こら、そこで、また考えるなよ」  そっちこそ、こら、だよ。いきなり僕の前髪をかき上げないでよ。額が丸出しになるの、少し恥ずかしいのに。それに、これでは、郁の綺麗な瞳がとてもよく見えすぎる。 「好き同士がセックスするのに悪いことなんて、ねぇよ」 「……」 「家族作るのは素敵なことなら、セックスするのだって素敵だろうが、それに」 「?」  郁が身じろいで、少しだけ体重が僕の上に乗っける。重いのに、愛しい人だとその重みすら愛しく感じるんだ。 「それに、文に汚されるとか、最高じゃん」 「……」  愛しい人なら、その吐息一つすら愛しくて、独り占めしたいと思うのと同じように。 「そう、思わねぇ?」  早く、独り占めしたいんだ。愛しい人だから、その吐息も重みも、全部。 「……うん、思う、よ」  だから、舌を伸ばした。脚を広げて、腕で捕まえて。 「じゃあ……俺のこと、汚してよ」 「ン……」  引き寄せて、キスを――。 「あぁ! そうだ! 文っ!」 「!」  今度は何? もう、びっくりした。キスする寸前でガバリと起き上がって大きな声で、何かと。 「俺、織物、いやいやとかで一切やってないし。俺はその才能とか知らないし、あっても別に、俺の使いたいもんじゃないなら意味がないから」 「……」 「俺の最上級の幸せはここだよ」 「……」 「ここで、文とずっと一緒にいること。それだけだよ。だから、マジで、もう迷うなよ」  さっき、帰りの電車で織模様を話してくれた郁を思い出す。 「うん」  とても、とっても楽しそうに話してくれた横顔を。 「うん」  ずっとこの先、ずっと見つめているんだろう横顔を。 「そんじゃあ、続き、しようぜ」  ずっと、この人だけ、なんだろう。 「うん」  なんて幸福なこと。この人を幸せにできるのも、笑わせられるのも、怒らせるのも、悦ばせるのも、そして――。 「あ、あのね、郁……」  引き寄せて、そのまま身体をずらすと、察してくれた郁が寝転がる。僕はその上にすかさず跨った。 「? 文」  なんて、幸せなこと。 「あのね……」  この愛しい、僕だけの男の子だった彼を、汚せるのも、僕だけだなんて。 「…………ね?」  身体を前へと倒し、耳元でそっと自白した。そしたら、愛しい彼は目を輝かせて、不敵に笑い、僕をきつく抱き締め引き寄せ、首筋に赤い印をくれた。  僕を独り占めする権利をそこに刻んでくれた。

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