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第84話 僕らの幸せ

 どうして、クリスマスって、特別なんだろうね。一年の中でイベントはたくさんあるけれど、ドキドキもワクワクも、甘いのも、全部がぎゅうぎゅうに張ち切れそうなほど詰まっているのは、やっぱりクリスマスだと思うんだ。 「うわぁ、すごい……」  去年のクリスマスは別々に過ごした。  お互いに不自然になってしまわないように、「当たり前」を選んで。郁は友だちとクリスマスパーティーへ。僕は町内会のイベントへ。だから、二人でケーキを食べたのはずいぶん遅い時間になってから。  だからね、今年は二人でしたかったことを全部しようって。イルミネーションを見て、ブラブラして、レストランでご飯食べて。思いきり、デートらしいデートを。 「たしかに、すげぇ綺麗だな。ただの電球なのに」 「えっ? あ、うん。うんうん。綺麗だね」 「……文、もしかして」  郁がすごいと思ったのは、もちろんイルミネーションのほう。僕が、言ったのは……。 「すごいって思ったの、この大渋滞の歩道のこと?」  普通は、そっち、をすごいと思うよね。うん。 「だって、こんなにたくさんの人、同じクリスマスでも、駅前で見かけないでしょ?」 「いや、地元の駅と比べるなよ」  クスッと笑って、郁が慌ててる僕の肩から滑り落ちたマフラーを直してくれた。  やだなぁ。本当に年々、いや、先週よりもずっと、日に日に? あぁ、でも、さっき待ち合わせした時の僕を見て笑った顔よりも、もっとカッコよくなってるから、毎分ごと? どんどんカッコよくなってる。  とにかくすごく、カッコいい。  ほら、手だって、骨っぽい感じが男らしくて。 「……郁、寒いなら、手袋すれば? 忘れちゃったの?」  寒そうに肩を竦めながら、手を、はぁって、吐息で、あっためてる。そりゃ、手袋も何もしてないんじゃ寒いでしょう? 今年の冬は去年ちよりも寒くなるって言ってたよ? 「いいんだよ。織物やるんだったら、こんくらいの寒さ慣れとかねぇと」  でも、そんなに寒そうにしてたら、なんだか可哀想だ。この長くてカッコいい、綺麗な指が。 「気合入ってる」 「当たり前だ」 「……ふふ」  大事な人の大事な指だもの。 「手、繋ごうか」 「……」 「ね?」  寒いのも、痛いのも、可哀想。大事な人だからとっても大事にしたいんだ。 「……すげぇあったかい」 「……そりゃ、なにせ織物業、営んでますから」 「ぁ、それ、なんか、ムカつく」  大事に大事に。  君のことを大切に想ってる。だから僕は、君としているこの恋を大切にしてる。 「あぁ、大好きな人にムカつかれた。ショックだ」 「!」 「悲しいから、今日は拗ねちゃおう」 「ちょっ、文!」  恋をしてから二度目のクリスマスは、初めてのデートになった。恋をしてから二回目の僕の誕生日は、もうおねだりするプレゼントを決めてある。  君を独り占めするんだ。  ずっとずっと、もうずううううっと、丸ごと一日独り占めして、離さない。だって、一回目の、初めての誕生日はまだ、春の手前だったから。すごく欲しかったけれど、大切な恋だったから我慢した。  大切な人だから、欲しがりを我慢した。 「ったく……」 「ふふ」  せっかくテレビ中継もされてしまうようなイルミネーションを見に来たのにね。郁のことばかり見てて、イルミネーションをほとんど見てないよ。 「文」 「んー?」 「好きだよ」  クリスマスはドキドキもワクワク、甘いのも詰まってる。それとね、あとは、キラキラも。 「僕も、好きだよ」  恋をしてから二回目のクリスマス。恋をしてから二回目の誕生日。恋をしてから、二回目の。  春が――。 「……どう? 文。俺の初織物」 「……」 「よくできてるだろ? ほら、前に見せた時にもらったアドバイスめっちゃ参考にした」  二回目の春が、もう少しで来る。  一年かけて学んだ技術、知識を総動員して作る一年製作。郁はシンプルな反物にした。自分が将来手がけていくものをそのまま作ったんだ。装飾せずに。 「どう?」  まだまだ、かな。ここ、たぶん少しズレてたでしょ? それから、個々のデザインが少しあまいから組み合わせると物足りなさが出てしまう。色の合わせ方はやっぱりセンスがすごいなぁって思うよ。とても目を引く、と思う。けれど、少しだけ最先端すぎるかな。もう少し柔らかさも出せると女性のお客様が楽しめる色の反物になる気がする。  たくさん課題はある。また拙いところもたくさん。けれど――。 「素敵……すごく。この桜がすごく綺麗だね」  だから、とても素敵な反物だ。 「あぁ、そこは」 「?」 「そこはすげぇイメージして作ったんだ」  何をイメージしたんだろう。柔らかくて、優しくて、甘い綺麗な桜の花。 「小さい頃から大好きだった文の」 「……」 「笑った時の頬の色だよ」  君と恋をしてから三回目の春がもうすぐそこに来ている。この桜色が見事にうちの庭を飾るんだ。真っ青な空を覆って、地面を埋め尽くして、僕らの見る景色を優しい薄ピンク色に塗り替える。  なんともいえない幸せの色に変わる。  そして、三回目の夏が来て、秋が来て、冬が。 「俺がずっと好きな人のほっぺたの色」 「……」 「世界で一番、綺麗だと思ってる色だよ」  誰がなんといおうと、誰かに何を思われようと、これは僕らの「幸せ」だ。 「すっげぇ、大変だった。成田、さん、にすげぇ頼んで調合してもらった」 「そうなの?」  知らなかった。そんなの。いつ? やり取りしてたの?  成田さんは最近忙しそうだった。配達も、別の方が来てくれる場合もあったりして、僕はきっと距離を取っているんだろうと思ったんだ。  けれど、この間、久しぶりに成田さんが来てくれて。  ――これからもうちを宜しくお願いします。  そう改まって言われた。僕はもちろんですって答えて、こちらこそ是非宜しくお願いしますって、頭を下げた。 「我儘言わせてもらったんだ。けど、イヤな顔一つしないでくれた」 「……」 「だから、この桜を作れた」 「おーい、郁ー! 文ちゃーん!」 「!」  元気な声、それと、今度は真っ黒なんだね。 「太市君!」 「やっほー」  お人形みたいだ。真っ黒で真っ直ぐな髪を見事なほど綺麗に切りそろえて、それなのに青白く光っているように見えるくらい綺麗な水色の瞳をしてるから、余計に人間離れして見える。 「見に来たよー。うわ、これ? すごーい! へぇ、こんなの、あの郁が?」  今、太市君はスタイリストとして活躍している。本人の美貌とファッションセンス、個性がすごい高評価で、知名度もあるって郁が教えてくれた。 「ね、こんな素敵なの作れる人材ちょおおおお、欲しい!」 「だ、ダメっ!」  思わず、反射的に、言っちゃった。駄々っ子みたいに。いきなり僕がそう言ったら、二人とも目を丸くして。 「ああああ、ごめっ、そのダメって言うか、その」 「……あかん」 「はい? 太市君? なんで、大阪弁?」 「あかん。今のあかん! 可愛い! あかん!」 「ちょ、太市君!」  ごめんってば。いきなり、勧誘しようとしてるから、つい、言っちゃったんだってば。その、我儘な子どもみたいに。 「やっぱり、文ちゃん、僕とっ」 「ダメ、この人は俺の」  我儘は、僕らにとって、いつも、だったね。  この恋を貫く時点で我儘だ。誰がなんといおうと、誰かに何を思われようと、これは僕らの「幸せ」、そう思っていたけれど。そんなことはないのかもしれない。 「相変わらず、幸せな二人で嬉しいよ」  僕らの幸せをわかってくれる人も。 「やっぱ、好きだなぁ。文ちゃんの、幸せそうな顔」 「……」 「二人に会えて、よかった」  恋をしている。ずっとずっと、誰でもなく、たった一人だけに恋をしている。我儘に、ただ、恋を――。

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