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第2話

 **  むかしむかし、あるところに狼の少年ヴァシュカと人間の少年レオがいました。  二人は王都の祭りでまるで運命に引き寄せられるかのように出会い、ヴァシュカはレオに一目で恋に落ちます。始めは強引なヴァシュカに怯えていたレオでしたが、次第に惹かれ合い二人は大人になったら番になる約束をするのでした。    これは幼いときに繰り返し見ていた夢の中の物語だと沢田(さわだ)恒輝(こうき)はぼんやり思っていた。それは幾度となく繰り返し見た光景で、恒輝が一番気に入っているシーンでもある。  ヴァシュカとは首から上が狼で下は人間のような姿をしていた。獣人とでも言うのだろうか。  その少年は外国の貴族の子供が着ていそうな仕立ての良い服を着ていて、銀色に輝く毛並みをしていた。  またレオは人間の商人の子供で、白く透き通るような肌に襟足まで伸びたさらさらとした黒髪、琥珀色の瞳を持つ美しい少年だった。  最初は怖がっていたレオが、積極的なヴァシュカの求愛によって心を開いていき互いに愛を誓う。  子供が愛を誓い合うその光景は何度見ても微笑ましく美しかった。そして性別や種族など関係なく自分の気持ちに素直になれる二人が羨ましく思っていたし、幼かった恒輝はヴァシュカに淡い恋心を抱いていた。  夢は今のように二人のやりとりを見ているときもあれば、レオの気持ちがわかるときもある。わかるというよりは幸福というものを体感したい恒輝の願望が生み出している想像だと思うが、それでも幼い恒輝はこの少年達の愛の誓いに心が震えるほどの憧れを抱いていたのだ。  そしてヴァシュカとレオがお互いを大事に思っているときには必ず、甘い香りが漂っていた。  それは花を煮詰めたような甘くて濃い香り。  これも夢なので想像の産物ではあるが、恒輝にとってその良い匂いは恋のイメージそのものだった。  ーーしかし、いつもならこの辺で終わるそんな微笑ましい光景に一瞬にして暗雲が立ち込める。  久しぶりに見た二人の夢とその甘い香りに懐かしさを感じているとその夢の映像が突如乱れ始め、レオが暗闇の中に消えた。  それと同時に視界がどんどん歪んでいく。まるで水の栓を抜いた時のように渦を巻きながら歪みの中に世界が吸い込まれていくと視界が真っ暗になった。  どくんどくんと自分の鼓動がわかるくらいに静まりかえった不気味な暗闇で何が起こっているのかと目を凝らすと、その真っ黒な世界にたたずむ獣人の後ろ姿が見えた。  それは狼の獣人。背格好はがっしりとしていておそらく成人した獣人だろう。  そしてその獣人は直感的にヴァシュカのような気がした。そうしていると狼の獣人が不意に振り返り、その鋭い獣の目が自分を見た気がして恒輝は思わずたじろいだ。  その刹那、その獣人の牙が見え更に恒輝は身を固くする。 『レオ!!』  遠吠えのような禍々しい声に驚いて、はっと目を開けると見知った天井が見えた。  何が起こったのかわからずに混乱していたが少しずつ落ち着いてくる。 「夢……だったのか」  一瞬にして息は切れ、鼓動は早く、うなされていたのか部屋着はぐっしょりと汗で濡れていた。  最後に見た狼の獣人はヴァシュカだったのだろうか。直感的にそう思ったけれど夢で見ていたヴァシュカは子供の獣人だった。しかしあの銀色の毛並みは……。  そんなことを考えながら時計を見ると、起きるにはかなり早い時間だった。  しかし目も冴えてしまい、もう一度寝る気も起きなかったのでベッドから起き上がり汗で濡れたシャツを脱いで洗濯機に放り込む。そして洗濯かごの中のものも一緒に入れてスタートボタンを押した。 「今日は遅番だったからゆっくり眠れるはずだったのに」  ひとりごちながらテレビをつけ、机の上に置いていたトランプに手を伸ばした。  恒輝はポーカーハウスのディーラーをしていた。  ポーカーハウスというのはお金をかけないアミューズメントカジノのことで、客はカジノ形式のゲームを楽しみながら酒を飲むバー感覚の人もいれば、女性ディーラー目当ての人、海外のカジノでプレイするためにレクチャーを受けに来る人まで様々だった。  恒輝は高校を卒業してこの世界に入り二年になるが、さらさらとした艶のある黒髪と整った顔立ちに色白の肌が中性的だといわれ、そこそこ人気のディーラーだった。  日課であるリフルシャッフルで指を慣らし、洗濯が終わるのを待ちながら出勤までの時間を過ごした。

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