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第3話
◇
今夜もポーカーハウスは賑わっていた。
恒輝のテーブルには来月、外国のカジノに行く団体客がレクチャーを受けに来ていた。
客は幸いにもテーブルゲームのルールは一通り理解していたので、レクチャーはそこまで難しくもなかったが、普通にディーラーとしてカードを切っているときより骨が折れる。今日は時折、頭痛もしたのでいつも以上に気を張って仕事をしていたせいか疲れを感じながら着替えていた。
そんな今日の業務も終わり、スタッフルームに戻ると女性ディーラーに呼び止められた。
「みんなで飲みに行くんだけど沢田くんもどう?」
「今日はやめとくよ」
「そうなの? 沢田くんがいないとつまんない」
彼女は身体をくねらせながら恒輝の腕に自分の腕を絡ませ、ふくよかな胸を押しつけるが、恒輝が気のない返事と笑顔で腕を払うと、つまらなそうにしながらもスタッフルームを出て行った。
短くため息をつくと隣で着替えていた同僚が寄ってくる。
「クレハにいつも誘われてるけど、ぶっちゃけ何回やった?」
「一回で充分」
「でも巨乳じゃん。一回じゃもったいなくね?」
目立つ容姿であった為、女性に好意を持たれることが多かった。
しかし、経験も人並みにあるし興味もそれなりだが付き合いはどうやっても上手くいかなくて、一時期は女性が恋愛対象ではないのかもと悩んでいたこともある。
例えるならいつまでもパズルのピースが見つからないような。
それは恒輝が愛情というものに飢えているからかもしれない。
自分は孤独なのだ。
そうセンチメンタルに思うのは、久しぶりにヴァシュカとレオの夢を見たからか。
帰ろうとすると、今度はオーナーがスタッフルームを覗いた。
「恒輝いた! はい、新しいトランプ。今年もよろしくな」
ここでは入社して一年経つごとにオーナーから新しいトランプが貰える。それは世界で一番売れていると言っても過言ではないメーカーのトランプで、ディーラーだけでなくマジシャンにも人気のものだ。
恒輝は礼を言いながらそれを上着のポケットに入れた。
毎年同じものを貰っていたとしてもプレゼントされるのは嬉しい。
気を良くしながら外に出ると、またズキンと鈍い頭の痛みが襲ってきた。
(今日は頭痛が多いな……)
きっと昨日あまり眠れなかったせいだろうとこめかみをさすりながら、信号が変わるのを待つ。
そんな時、不意に夜空を見上げたら一瞬、星が瞬いたように見えた。
北極星かと思ったが、ここは都会のど真ん中で空の星など殆ど見えない。きっと飛行機か何かを見間違えたのだと恒輝はもう一度信号機に目を向けた。
するとまた頭に激痛が走り、今度は同時に視界が歪んで見えた。
「痛っ……」
めまいを伴う頭痛は経験したことがなく、まるで地面が揺れているかのように思えて立ってられなくなる。
痛みは耐えがたく、どこかを掴んでいないと倒れてしまいそうなくらいで、痛みでうめき声に似た声が漏れた。
その時、頭の中に直接映像と声が響いた。
『レオ!!』
それは夢で最後に見たヴァシュカと思しき獣人で、その禍々しさに心臓が掴まれたみたいにしなると頭痛は痛みを増した。
(どうして?)
するとどこからか花の香りが漂ってきた。この甘い花を煮詰めたような濃い香りは夢で嗅いだヴァシュカとレオの恋の香りに似ている気がした。
『レオ!!』
そしてまた声が頭に響く。
それと同時にどんどん頭の痛みとめまいも激しくなり、頭を抱えながらふらついた瞬間、けたたましくなるクラクションの音にハッとしてみると、車のヘッドライトの光で視界が白んだ。
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