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第13話

「また釣れた!」 「どうしてコウキの竿にばかりかかるのだ」 「ヴァシュカが下手なんだよ」  釣れた魚をバケツに入れて、眺めていると恨めしげにみてくるヴァシュカに笑う。  そしてヴァシュカは竿を置くとコウキに寄り添うように座り直した。 「さっきは何かあったのか」  見透かされたのかとドキッとした。 「元気がなかった」 「そんなことないけど」 「気になっていることがあるなら言って欲しい」 「だからそんなことないって!」  思わず悟られまいと思うと語気が強まってしまった。  そして川のせせらぎだけが聞こえるくらい黙り込んでしまう。  たしかにモヤモヤとしていることはずっと胸の中にあって、でもそれを言ってもいいのか迷った。  しばらく無言の時間が過ぎ、恒輝はゆっくりと息を吸い込んだ。 「……リサが言ってたんだ。王族や貴族は複数のΩと番うって、本当?」 「あぁ、本当だ」  あっさり肯定されて面食らった。そして心のどこかで否定してくれるのではないかっていう期待をしてたことを思い知らされる。  しかし次の瞬間、ヴァシュカが恒輝の体を引き寄せるとふわっと甘い花の香りがした。 「私はコウキとしか番う気はないけどな」 「え? でも、妃にはαじゃないといけないんでしょう」 「誰がそんなことを言ったのだ」  口籠るとヴァシュカはため息をついた。 「私の魂の番はお前だけだ。私はお前だけがいればそれでいい」  一気に胸の真ん中が熱くなる。でも、素直に喜べばいいのにまた裏腹なことが口をついた。 「俺じゃなくてレオだろ?」  悲しそうな目をするヴァシュカを見て、後悔した。 「……ごめん」 「勝手に連れてきたのは私だ。不安定になることだってある。気にするな」  こんなのは八つ当たりなのに、王太子なんだから一喝すればいいのに、それでも恒輝の気持ちを優先してくれる優しさに申し訳なくなった。 「ねぇ、レオのこと聞いてもいい? 俺が知ってるのって王都の祭りで出会ったところから子供の間の話だけなんだ」  すると少し考え込んでいたヴァシュカは懐かしそうに目を細めた。 「じゃあ、少し昔話でもするか。あの日、私は宮殿を抜け出して王都の祭りに行っていた」  その日、祭りで果物を売っているレオに一目惚れしたのだという。  発情期前のヒト族は獣族と違って鼻があまりきかないので、ヴァシュカが魂の番だと連呼してもレオは不審がって聞き入れなかったそうだ。  でも、祭りのあとも隙を見ては宮殿を抜け出してレオの住んでいる東の村まで通い続けたらしい。大量の贈り物を抱えて。  そしてレオもまた、そんな直向きなヴァシュカに惹かれて将来番になることを約束した。  ここまでは恒輝も知っている話だった。 「でも、どうしてレオは……」  恒輝はそれ以上言葉が出なかった。自分がここにいるといる時点でレオは。 「……十五歳になる年、レオは殺された」 「え……?」  しかし思っていた以上の出来事に言葉を失った。 「王族の男子は十五になる前に騎士団に入る。そのとき、隣国との情勢が今のように芳しくなくて私は先遣隊の一員として初めて戦場に出ることになった。西の村が襲撃されるという情報が入りそちらに向かうこととなったのだが……裏をかかれて、東の村が襲われた。レオの一族が暮らしていた村だ」  絞り出すような声のままヴァシュカは続ける。 「駆けつけた時には村は悲惨な状態で私は血眼になってレオを探した。しかし、間に合わなかった。血だらけになって横たわるレオを抱え、私は初めて敵を切った。氷のように冷たくなったレオを抱きしめたまま何人も何人も敵を切ったのだ」  恒輝は絶えられなくなって涙をぼろぼろと零した。 「辛いことを思い出させてごめん」  するとヴァシュカは恒輝を抱き寄せると首筋に鼻を埋めた。 「コウキがいたから、今こうして話すことができる」  だから恒輝が泣くことはないとヴァシュカが背中を撫でた。 「でも……」 「最初はコウキがレオの記憶を持っておらず私のことを忘れていて悲しかった。しかし、今思えば最期の恐怖や痛みで苦しむくらいなら覚えていなくて良かったと思ったんだ」 「でも、ヴァシュカはずっとレオを探していたんだろう」  ヴァシュカの優しい目を見て、また涙があふれ出た。

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