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第16話

 一瞬のことで何が起こったのかよくわからないまま身体を起こすも、うまく手足に力が入らずに起き上がれない。  するとそこにランカーがゆっくりと近づいてきた。 「ラ、ランカーさん」  その顔は不敵な笑みを浮かべていた。 「動かないだろう? 神経を少し麻痺させる薬だ」 「ど、どうして」 「お前が邪魔なのだ」  ランカーは冷たい目で恒輝を見下ろすと、内ポケットから小瓶を取り出して膝をついた。 「これが何だかわかるか」  小瓶の中には赤みがかった液体が入っている。 「な、何……」 「これを飲むと強制的にヒート状態になる。上は宴の会場だ。数多くのαがいる。どうなるかはわかるな?」 「ランカーさん?」  なぜこんなことをするのかと混乱していた。ランカーはニヤリと笑うと小瓶を恒輝の頬に軽く叩きつける。 「私はね、この世の中に憤りを感じているのだよ。どんなに優秀であってもβだからと言われ続けた日々にね。世の中には私より劣ったαがいくらでもいる。しかし彼らはαというだけで地位を約束されている。おかしいとは思わないか」  恒輝が黙っていると軽く笑いそのまま続けた。 「私はそんな劣ったαをたくさん見てきた。それなのにβでは今の地位より上を目指すことはできない」 「ヴァシュカはランカーさんを頼りにしてるじゃないか」 「よそ者が口を出すな! お前に何がわかるのだ!」  するとランカーは小瓶の中身をゆっくりと混和した。 「長年、番を持とうとしなかった殿下に一番近しいΩは我が娘だったのだ。いや、私が一番近しいところに娘を置いたのだ。何度も目の触れるところへ連れて行き、あてがったりもしたが殿下はかたくなに番は持たないとおっしゃっていて思案していたというのに。こんなよそ者を連れてくるとは誤算だった」 「娘ってリサか?」 「そうだ。リサはΩだからな。娘がΩだとわかったときの私の感動がわかるか。これで私はαの上に立つ人物になれるということだ」 「自分の娘を道具にするつもりか」 「娘をどう扱おうが私の勝手であろう」  当然のように言い放つランカーに嫌悪感をあらわにしながら恒輝は睨みつけた。するとランカーはくくっと喉を鳴らす。 「リサもこれと同じものを持っている」  ランカーは恒輝の目の前で小瓶を軽く振った。 「え……」 「殿下にはお前が体調を崩したと伝えて部屋にお連れした。だからここに殿下が来ることはない」  言い知れぬ不安に胸が押しつぶされそうになる。  そしてランカーは小瓶の栓を抜くと恒輝の顎を掴んだ。 「いやだ離せ!」 「強力な発情剤によってヒートが誘発されれば、この上の階にいるαはみなよってくるだろう。きっと今頃、娘も同じようにこの発情剤を服用している。お前がここでαどもに犯されている間に我が娘が王太子殿下の番となる。発情期のΩを前にしてはどんなαでも抗えない。加えて発情期の妊娠率は百パーセントだ。我はのちに国母の父となるのだ!」  高らかに笑うランカーに殴りかかってやりたいような気持ちになった。  しかし身体は思うように動かず、抵抗してもその赤みがかった液体が喉を伝う。そのまま口を塞がれて無理やり飲み込まされると同時に投げられるように床に寝かされた。 「これで私はこの国の権力者だ」  そして次の瞬間。  太く大きな杭で胸を刺され押しつぶされるような衝撃が走り、一瞬息が出来なかった。  そして内側から何か膨らみ爆発してしまうような恐怖。そんなうちに汗が噴き出してきてシャツをぐっしょりと濡らす。ーー身体が熱い。

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