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第20話

  ◇  恒輝が目を覚ますと、目の前に綺麗な銀色の毛布があった。 「綺麗な色の毛布……」  寝ぼけ眼で思わず、そこにすり寄って顔を押しつけると毛はふわふわでとても肌触りが良かった。 「もふもふしてる」  ひとりごちながら大きく息を吸い込むとその毛布がもそもそと動いたので驚いて顔を上げれば……。 「人を毛布呼ばわりするでない」  そこにはむっとするヴァシュカが添い寝していた。 「ご、ごめん。寝ぼけてて」  ヒートはあれから三日間続き、明けた今は頭もすっきりしているが、三日間抱き合っていた代わりに恒輝の身体は疲れ果てていた。  しかしベッドから起き上がることもままならない恒輝と違い、ヴァシュカは朝から王宮に出向き報告を済ませて帰ってきたところだという。  笑いながら謝ったのがまた気に食わなかったのか、ヴァシュカはさらに不機嫌そうに眉根を寄せると軽くため息をついて起き上がった。 「ランカーは爵位を取り上げられることとなった。厳罰に処される」  三日間のヒートで忘れかけていたことの発端を思い出し、恒輝も起き上がってヴァシュカの隣に腰掛けた。 「リサはどうなる?」 「命令には背けなかっただろうが、刑罰は免れないだろう」 「そっか」 「ランカーは信頼していた部下だったから残念だ」  寂しそうにするヴァシュカが居たたまれなくてそっと手を握った。するとヴァシュカは力なく笑うと恒輝の手を握り返す。 「コウキがいてくれてよかった」 「俺は何もしてないけど」 「あの時、リサが発情剤を服用して強制的にヒートになった瞬間、自分の中に自分ではない獣がいると感じた。そして心に求める番がここにいないのに、本能は目の前のΩを番にしようとするそんなちぐはぐな思いが怖かった」  ヴァシュカは恒輝を抱きしめる。 「初めて本能と向き合ってΩなら誰でもいいわけじゃないと、自分の腕を噛みながらその痛みの中でコウキのその瞳を思い出していた。初めて出会った時、美しいと思ったその瞳を泣かせるかもしれないと思うと怖かったのだ」  ふとあのとき、自分も同じようなことを考えていたと思い出した。 「俺も同じようなことを考えていたよ。ヴァシュカが悲しむのが嫌だった」 「私たちは離れていても同じように思っていたのだな。寿命と引き換えに星の神に願い事をして良かったと思う」 「そのことなんだけど、ヴァシュカって王太子なんだから次期国王ってことでしょう? 寿命を削って良かったわけ?」 「国民のことを思うと私は悪い王だな。しかし我々の寿命は長い。国を統治する時間は問題ないだろう。それに私は自分の子供にこれから教えていくよ。国の治め方をな」  そう言いながら恒輝の腹を撫でるので恒輝は困惑した。 「まるで、もうここにいるような口ぶりだな」 「いるに決まっているだろう。番になったんだぞ。発情期の妊娠率は百パーセントだ」  真剣な顔をして言うヴァシュカが面白くて恒輝はクスクスと笑った。 「まじかよ。ヒート怖ぇ」  笑い続けている恒輝を見て、ヴァシュカは面白くなさそうに恒輝の腕を掴んだ。 「私との子供ができるのが嫌だと言うのか」 「違うよ。真剣な顔のヴァシュカが面白かっただけ」 「余計に意味がわからぬ。なぜ、笑われなければいけないのだ」 「真面目だと思ってさ」  恒輝は自分の腹をさすった。 「俺に家族ができるなんて……園長が聞いたら驚くだろうな」 「エンチョウとは誰のことだ?」 「俺の名前をつけてくれた人だ。園長は俺に星の名前をつけてくれた」 「コウキというのは星の名前だったのか?」 「なにか書くものある?」  そこで紙とペンと受け取り〝恒輝〟と書いた。 「俺の世界の言葉で、自ら光を放つ星のことを恒星と言うんだ。園長は俺を拾った時、北極星が瞬いたと言った。北極星というのは常に同じところにあり北を指している星のことなんだ」 「ラウエルンの星と同じような星があるのだな」 「うん。運命なのかなって思った。きっと繋がっていたんだな」  恒輝はヴァシュカの膝の上に跨がるようにするとぎゅっと抱きついた。 「北極星の周りには無数の星がある。だから恒輝は一人じゃないっていつも言ってくれていた。でも俺はいつも孤独な気がしていてこの名前も好きじゃなかった」  ヴァシュカの腕に力がこもる。 「でも、ヴァシュカに出会って、ここにはヨハンやハクもいて、初めて一人じゃないって思えたんだ」  抱きしめながらありがとうと呟くとヴァシュカは恒輝の首筋にくっきりと残る自分の歯形に鼻先を沿わせた。 「コウキにとって親のような人であれば、一度ご挨拶したかったものだな。今更ながら無理矢理連れてきてしまって申し訳なかった。これからは、他の誰よりもコウキと子供を幸せにすると誓おう」 「本当に大げさなんだから」  笑いながら元の世界に思いを馳せていた。園長に報告できたならきっと驚いたことだろう。さすがに狼の獣人を結婚しましたとは言えないけれど、孤独ではないと言えたならきっと安心してくれると思った。 「そうだ。挨拶と言えば国王が会いたがっていた」 「へ?」  思わず驚いて変な声が漏れる。忘れていたが、国王に何も断りを入れずに番にまでなってしまった。 「お前、なんで変なところ真面目なのにこういうところ真面目じゃないんだよ!」 「何を怒っているのだ」 「番になる前に番になっていいか聞くべきだろ。国王陛下に! 勝手に番になったあげく子供もできそうです……ってどうするんだよ」 「どうしてそこで国王の許しが必要なんだ。私とコウキの話ではないか。私はずっと魂の番と番うと言っていたし、今朝報告したがおめでとうと言われたぞ」  そんなことをしているうちにヨハンとハクがやってきた。

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