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第85話
沸騰した鍋で素麺を茹でる長岡の額には汗が浮かんでいる。
今日の夕食は七夕の行事食。
と、言っても長岡の部屋では素麺はよく食べる。
一人暮らしをしていると、乾麺やチャーハンなんかのパッと作れて洗い物も楽な物ばかり作ってしまう。
それすら面倒くさいと惣菜やカップ麺、コンビニ飯。
その代わりと言うか、恋人がいる時は野菜を多く栄養にも気を使っている。
「小さい頃は母が星型に型抜きした人参とかも付けてくれてワクワクしてました。
味は変わらないんですけどね」
「そりゃ嬉しいだろ。
そん時からすげぇ食ってたのか?」
「すげぇって程ではないですよ。
でも、人よりは食べましたね」
星型の人参を食べる小さな三条は可愛かっただろう。
ほんの少し手をかけると子供は喜ぶ。
三条の場合は殊更だ。
今だってにこにこと屈託ない笑顔を称えている。
幼い頃からこの体型なら親御さんの心配は沢山あった筈。
その心配を吹き飛ばす程の食欲を見せ付けられどれだけ安心したか。
「1分半です」
「ん、ありがと」
ザバァとザルにあけぬめりを落とすとザルのまま机へと運ぶ。
卓上には既に薬味とつゆとだし巻きが並んでいる。
並べた本人の様に几帳面に並んだ器がなんだか愛おしいのは、今日が恋人達の日だからだろうか。
麦茶のボトルを持って後ろを着いてくる三条に声をかけた。
「人参いるか?」
「折角の素麺が伸びますよ」
「可愛いはるちゃんが見られれば俺は構わねぇよ」
眉を八の字にして笑った顔が何時もよりキラキラして見えた。
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