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第321話
「ただいま」
綾登が寝ている時間の帰宅に声を潜めるも癖になった挨拶をする。
スニーカーを脱ぐと足早に部屋を目指すのは、廊下が寒いからだ。
長岡が近くまで送ってくれているが、あまりに近過ぎて見られる心配もあるので少し歩く距離で別れていた。
冷えきってはいないが、そのせいで廊下の寒さが身体に滲みる。
寒い…とマフラーに顔を埋め自室のドアノブの触れると向かいの部屋から優登が顔を出した。
「にーちゃん、おかえり」
「ただいま」
「マドレーヌ焼いたから食べて」
「優登の作ったマドレーヌ美味いよな。
ありがとう」
母親そっくりの笑顔を浮かべた弟はじゃあ早く風呂入れよと部屋に消えていった。
まったく、中学生になって憎たらしさが増したみたいだ。
だけど、良い子で可愛い弟。
お菓子作りもメキメキ成長していて目を見張るものがある。
羨ましい程の吸収力。
好きな事なら殊更に吸収し、自分の物にする。
それに、母親に似て甘さ控え目な味は好みにドンピシャだった。
風呂に入る前に1つ食べようと思うだけでわくわくする。
辞書や事典、文庫本から漫画本まで様々な種類の本がぎっしりと詰まった本棚の横にマフラーとコートを引っ掛け、朝脱いだ部屋着をひったくり今来た階段を降りた。
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