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第514話

トントンと土間を蹴りながら爪先の位置を直した長岡は振り返り、綺麗な顔で微笑んだ。 「いってきます」 チュゥ 軽く唇に触れたやわらかなそれに頬を赤らめながら頷く。 「いってらっしゃい、です」 長岡の笑い方に胸がきゅぅって苦しくなる。 行かないでと引き留めたくなる程に。 でも、すぐに帰ってきてくれるのを知っている。 帰ってきたらくっ付いていよう。 パタン…と扉が閉まると冷たい空気に小さく震える。 2月、立春を過ぎたと言っても玄関は冷える。 長岡を見送った足で風呂掃除をしに浴室へと入った。 少しでもいつもの感謝の気持ちを表せる様にピカピカに磨こうと意気込むが、 長岡はめんどくさいと言いつつもきちんと毎日浴室掃除をしているので綺麗に保たれている。 シャンプーやボディソープのボトル底のぬめりもない。 釜をスポンジで擦るが大した汚れもなくすぐに終わってしまう。 あと、手が届かないところは…桶とか? 鏡もか メラニンスポンジで風呂桶を擦り、鏡も磨いていく。 蛇口もだ。 公務員と言っても毎日定時で帰れる訳でもないのに手入れを怠らない。 自分の為もあるんだろうが小まめに掃除をしておけば気持ち良く使えるのを長岡自身が知っているから出来る事だ。 あんな綺麗な顔の人でも風呂掃除をするんだと改めて考えると似合わない。 トレイ掃除もしているがまったく想像も付かない。 背骨を丸め便器を拭いているのか。 付き合うはまったく想像出来なかったけど、結構生活的だよな 小まめにしなきゃこんな綺麗に保てねぇし ついでに洗面台の鏡も磨く事にした。 毎日身支度に使っている鏡だ。 少しでも気持ち良く使って欲しいと丁寧に磨きあげる。 視界に入る2つ並んだ歯ブラシや洗濯籠に入っている自分の洋服が擽ったい。 大声で言える関係ではないが、こうして彼方此方に転がっているしあわせは何度噛み締めても心を満たしてくれる。 それに、大切な事は必ずしも口に出さずとも良いんだと思う。 共有出来ればそれで十分。

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