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第537話
ワイシャツのボタンを締めながらラックからネクタイを引き抜いた。
今日は青地に空色のラインの入ったネクタイだ。
三条が誕生日に贈ってくれた物。
これを締めると三条を感じて気が引き締まる。
それに、単純に気分が上がるお気に入り。
ティンプルを確認しジャケットを羽織ると、最後にネクタイをタイピンでとめた。
やっぱ、このネクタイ良いよな
色も手触りもすげぇ良い
鏡に写る自分はまだオフの顔だ。
僅かに口元が緩んでいる。
生憎この姿を見て欲しい相手は手元から離れ中々見ては貰えなくなってしまったが、あと数年で追い付かれる。
いや、追い抜かれる筈だ。
『正宗さんっ、目玉焼きとろとろです!』
あんな人畜無害な顔をして鋭い牙を隠しているからこわい。
だけど、嬉しくもある。
早くおいで。
もう少し不格好な背中を見ててくれ。
願うのは満開の花が咲き乱れること。
長岡は背筋を真っ直ぐに伸ばすと気を引き締め直し、コートと鞄を手に玄関へと向かう。
お揃いのマグカップも、2本並んだ歯ブラシも心を穏やかにしてくれる。
豊かとは物や資金の事だけじゃない。
当たり前の事に気が付けた。
その隣を通り靴に足を突っ込んで土間を蹴る。
すっと教師の仮面を貼り付け扉を開けた。
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