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第543話
開けた窓から入る風が、キャップを外した三条の髪を靡かせる。
まだ空気は冷たいが春の陽気のお陰で外を感じる事が出来た。
車内に入り込む風に、梅の花のにおい、息吹いたばかりの若い芽のにおいが微かに混じり春だと実感する。
「ここらにパン屋があるって聞いたんだけど……あれか?」
「ベーカリーって書いてますね」
「一緒に行くか?」
「待ってます。
パンもお任せでお願いします。
あ、甘いのも食べたいです」
「分かった」
「飲み物は俺が買ってきますね。
なにか良いですか?」
「じゃ、お茶頼む。
お茶ならなんでも良いから」
パン屋の敷地の隅にある自販機を指差す三条にそう言えば承知したといつもの顔で頷いた。
ゆっくりと停車させた長岡は、カードキーを三条に渡し財布とスマホを手に一足先に車外へと出る。
三条も車の鍵とリュックを手にすると自販機の元へと向かった。
朝からデートなんて久し振りだな
しかも昼飯も外か
へへっ
溢れるしあわせに、だらしない顔になってしまう。
だって、こんなにしあわせだ。
長岡が良く飲んでいるお茶と、同じ物をもう1本買い両手に持って戻る道すがら1面のガラス窓を一瞥した。
店内で女性客からチラチラ見られている。
目立つ身長と綺麗な顔立ち、スペックは申し分ない。
ただ、中身は本の虫だ。
それと普段は優しいが、サディスト。
あの人達、正宗さんの鬼畜さ知ったらどんな顔するんだろ
すっげぇ笑顔で勃ったの踏んでくるしな
知る事すら叶わないそれらを知っているのは、三条だけ。
勿論、真面目な三条の淫らさを知っているのも長岡だけだ。
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