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第593話

「正宗、栄養あるもの食べてね。 本ばっかり読んでないで夜は寝て、コーヒーはご飯にならないから」 「大丈夫だって」 口からは出る言葉はぶっきらぼうだが、分かっている。 こんな時だから心配なのだろう。 そうじゃなくとも盆正月にすら帰らない時もあった。 最近は素直な恋人に感化され、母親のいそうな時間を見計らい愛猫達のご飯や猫砂を持って来ているがそれでも会えない時もある。 顔を見せるだけで安心してくれるならそれ以上に簡単な事はない。 けれど、その時間があれば恋人に会いたいと思ってしまう。 「これ、残り物だけど明日あっためて食べてね。 あと、カレーとミートソース。 お粥も入れといたから具合悪くなったら食べるんだよ」 「自分の心配しろよ。 たまには美容室行って綺麗にしてもらえって」 財布から何枚か引き抜くと、母親に渡した。 小さくなった手は昔と違っていたが、この手は母親の手だ。 白くて細くて、あたたかい。 母親は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。 「貰っちゃった。 ありがとう」 「どういたしまして。 じゃ、帰るから」 「正宗。 気を付けてね」 「母さんも。 父さんにもそう伝えといて」 蓬の頭を撫でると、にゃぁと鳴いた。 くりくりの目が恋人に似ていると思うのは、会いたくて恋しいからだろう。 アプローチの途中で振り返ると、柏がいつもの場所で見送ってくれている。

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