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第599話

日付が変わって1時間と少し。 ベットに寝転びながら本を読んでいると傍らのスマホが音を鳴らした。 起き上がるのは面倒で、 読みかけのペー ジにスピン代わりに指を挟んだままそれに手を伸ばす。 真っ暗だった画面には恋しい名前。 「っ!?」 『少し出てこれるか』 「?」 メッセージアプリには簡潔な内容。 部屋から目の前の道路を見下ろすと、茶けた頭があった。 「っ!」 窓の外にいるのは紛れもなく長岡だ。 見間違えるはずがない。 パーカーを引ったくると着のみ着のまま身嗜みを気にする事もせず外へ向かう。 スニーカーに踵を入れるのも億劫だ。 踵部分を踏まないようにしながらドアを押すと夜のにおいと共に深夜の冷たい風が髪を撫でる。 いきなり玄関から現れた三条に長岡は目を丸くしたが、私服用のコートを翻し歩き始めた。 急いで踵の位置を直し後を追う。 ついでにパーカーに腕を通して、防寒を。 恋人は学校では想像も付かない程過保護だ。 先を歩く恋人の手元が明るくなるとすぐにポケットの中が震えた。 『なに出てきてんだ』 『コンビニまで散歩です』 『奇遇だな。 俺もだ』 こんな時間に散歩もなにもないだろう。 吐くなもっと上手い嘘が良かっただろうか。 でも、長岡だってそうだ。 あの部屋からここまで散歩なんて何時間かかると思っている。 お互い解っていてそれに甘え合う。 手のひらでの会話を楽しみながら少し後ろをゆっくりと歩いた。 等間隔で辺りをぼんやり照らす外灯以外に明かりのない世界。 だけど、夜は平等だ。 今日は月さえ見ていないのだからホントに世界に2人きりの錯覚さえ起こしそう。 そして、そうだと良いなと思う。 まるで歩き慣れた道のように先を歩く見慣れた頭を見ながら少しの間、その空気を味わった。 『今日は』 長岡なら… 『あたたかいですね』 精一杯の気持ちを込めた言葉を送信した。 『はるのあたたかさですね』 綺麗な日本語だ。 どっちの”はる”だって構わない。 会えた事がとてもとても、とても嬉しい。

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