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第634話

玄関ドアの開閉音。 それに続いて父の声。 兄の脚に絡み付く末っ子を部屋に残し、呼ばれた母は廊下へと出ていった。 何か話し声がするので兄と一緒に廊下をこっそりと覗く。 「美月ちゃん、ただいま。 これ、プレゼント」 そこには空間を優しく彩る花束を持った父親がにこにこと微笑んでいた。 そりゃもう嬉しそうに。 「おかえりなさい。 綺麗な花束、どうしたの?」 「プレゼントだよ。 やっぱり、美月ちゃんには花が似合うね」 花屋の店先で売られている小さな花束を手渡すと、やっぱりそうだとばかりに頷いた 。 満足げな姿は夫婦というより恋人っぽい。 バカップルな。 そんな両親を盗み見る思春期真っ只中の次男も今日ばかりは無抵抗だ。 父じゃないが、やっぱり母は笑っていた方が綺麗だと思う。 大切な人の笑顔ほど世界を鮮やかにしてくれるものはないだろう。 それにこんな時に、一瞬で母を笑顔にする事が出来るのは単純にすごい。 色鮮やかな花と大好きな夫の優しさに母は兄弟とよく似た笑顔を浮かべた。 たったそれだけなのに、父はとてもしあわせそうな顔をする。 お互いにとって、それは“たったそれだけ”ではないんだろうな。 思いやる気持ちとか、大切に思ってる気持ちが伝わってそうなるんだ。 結婚して20年が経ってもきちんと好きだと分かる顔で愛おしそうに見ている。 きっと、すごくしあわせな事だ。 「ありがとう。 嬉しい。 大好き」 「俺も美月ちゃん大好き。 愛してるよ」 ほらな。 玄関前の廊下で抱き合う両親はとてもしあわせそうだ。 父さんもすげぇな… …ちょっとだけ格好良い 誰かを想う気持ちは、 憂いをあたたかなものへと変貌させる事が出来る。 そっと寄り添えばそのあたたかさを大切な人と分け合う事だって可能だ。 当たり前に見てきた両親のそんな行動を優登は咀嚼しはじめた。 何度も、何度も、繰り返し咀嚼し自分の中に取り入れられたら満点。 じっと両親を見詰めていた。

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