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第639話

一通りスプレーするとそれを弟に手渡した。 部屋中ラグジュアリーなにおいでいっぱいになった。 「ん、どうぞ」 「ありがとう」 手渡されたボトルをじっと見詰める弟は動かない。 ボトルに印刷された商品名でも読んでいるのか。 いや、そんな感じでもない。 どうしたのだろうか。 「ん? どうした」 「んーん、なんでもない」 そう頭を振って、開けっ放しのドアから部屋へと戻っていった。 なんだ? 自分に対しても反抗期か? それはそれで可愛いし嬉しい成長だが、それでもなさそう。 追い掛ける様に弟の部屋に続くドアから中を覗くと、机の上には沢山のレシピ本。 しかもお菓子ばかり。 いくつかノートの切れ端が挟まっている。 その中から1冊を手に取るとパラパラと捲った。 どれも美味しそうな写真が添えられており、見ているだけでも楽しい。 シュッシュッとカーテンにスプレーしている弟はそのまま声をかけてきた。 「あ、次、なに食いたい? 春だし果物乗っけたタルトとかケーキとか作りたいんだけど、まだ苺の季節には早いし迷ってんだよな」 「んー、どれも美味そう。 ちょっと迷わして」 優登はカーテンと寝具にスプレーしている。 そして、やっぱりじっとボトルを見ていた。 「気に入った?」 「うん。 良いにおい」 「部屋に置いとくから勝手に使って良いよ。 気分変わって良いよな」 「ありがとう」 もう1度ボトルに視線をやってから、返してくれた。

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