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第640話
自室のドアを開けると、向かいの兄の部屋から良いにおいがしてきた。
何処かで嗅いだ事のあるにおい。
あ…
このにおい、たまに兄ちゃんからしてたにおいだ
兄は時々外泊をして良いにおいをさせながら帰ってきていた。
自宅の石鹸や洗剤のにおいとも違った、なんとも良いにおい。
えっちぃな、なんて思っていたが、実際えっちぃ。
だって、においが移る程近くに居たって事だろ。
兄弟のそういうのを考えるのはなんとなく嫌だけど、そういうのに興味が出てくる年頃なんだ。
部屋に顔を出すとにおいの元はファブリックミストだと見せてくれた。
香水ではなかったらしい。
気が付いた兄は、使うか?と聞いてきた。
正直、興味がある。
でも兄と言えど個人のプライベートに足を踏み入れて良いのか。
「良いの?」
「良いよ。
ベッドに吹き掛けたら貸すから待ってな」
嬉しそうな横顔がすぐに此方を向きスプレーボトルを手渡した。
迷惑そうな顔はしていない。
借りて大丈夫だ。
「ん、どうぞ」
「ありがとう」
しっかりと兄を見ている次男は、それをじっと見てから部屋へと踵を返した。
シュッシュッとカーテンに吹き掛けるとなんだかえっちぃにおいがふわふわと部屋に広がっていく。
兄ににおいを着ける人。
きっと独占欲の塊みたいな人だ。
兄強火担当の勘がそう言っている。
でも、同じだけ兄ちゃんを笑わしてくれてんだろうな
だって、兄はいつも楽しそうにしていた。
見ていれば分かる。
いつもにこにこしてるけど、しあわせそうに笑っていた。
誰か知らねぇけど、ちゃんと兄ちゃんをみていてくれるのは嬉しいな
それに兄ちゃんは俺の兄ちゃんだし
ま、少しならくっ付いてても良いか
後ろでお菓子の本を読んでいる兄には絶対に秘密だが、静かに対抗心を燃やしている。
だけど、同じだけ感謝もしていた。
兄が笑っているのはその人のお陰でもあるから。
悔しい気持ちもあるけど、でも1番大切なのは兄が笑っている事。
えっちぃにおいを部屋いっぱいに広げると、もう1度ボトルを見詰めた。
兄ちゃんの事、ありがとう
いつもの顔でにっと笑うとお菓子を選ぶ兄を振り返る。
俺は、俺の出来る事で笑顔にしてやるからな
ぜってぇ負けねぇ
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