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第687話
大好きな野菜の沢山入ったうどん。
だけど、綾登はご飯より家族の笑顔の方が嬉しそうだ。
早く帰宅した父もにこにこと家族を眺めている。
おっきな口を開けてうどんを食べると父と母が褒めてくれる。
兄が笑ってくれる。
そんな事が綾登は嬉しい。
「今日は特別な日だから、まだあるんだよ」
そんな声と共に食後、食卓に用意されたのは小さなケーキ。
綾登が食べられる様に蜂蜜を使っていない食パンと軽く水切りをしたヨーグルトで作られた可愛らしいそれ。
真っ赤な苺、花型に抜かれたバナナ、1の形をした蝋燭で綺麗に彩れていた。
綾登のくりくりした目がそれらを写すと指を指して見てと教えてくれる。
「綾登の誕生日ケーキな。
美味しそうだな」
「誕生日おめでとう」
「おめでとう、綾登」
「ふーって出来るかな」
ありふれたしあわせ。
当たり前のしあわせ。
その筈なのに世界は違う。
でも、そんな事今日だけはどうでも良い。
だって綾登の誕生日だから。
どんどん溶けていく蝋燭を綾登は楽しそうにみるばかり。
代わりに優登が消すと、今度は手を叩いて喜んだ。
火が消える、というそれ自体が興味の対象なのだろう。
蝋燭自体、仏壇のない家では殆んど使わないし珍しいのもある。
そりゃ、勝手に明るいのがなくなれば不思議だ。
「綾登、どうぞ」
「父さん達もケーキ頂くね。
一緒に食べようか」
「へへぇ」
小さな手で器用にフォークを握り締め、ヨーグルトを手に掲げ食べるから見ててとばかりにアピールするとぱくっと大きくロを開けて、だけどロから溢しながら食べた。
「んー、まー!」
「うまいって言った!」
「綾登、もっかい!」
「まー!」
もう一口食べ、口の回りを白くするととびきりの笑顔が咲いた。
明るい食卓で小さな怪獣は嬉しそうにしている。
それだけで家が明るくなる。
思春期の優登も、 もうすぐ二十歳を迎える三条もずっと笑っていた。
「綾登、美味しいな」
「うー!」
スマホを手に嬉しそうに笑う弟を収める兄はそんなしあわせを噛み締める。
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