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第705話

『遥登、た』 恋人がやわらかく微笑んだ瞬間、自室のドアがノックもなしにいきなり開かれた。 ビクッと肩が跳ね一瞬息が出来なくなる。 「兄ちゃん! 誕生日おめでとう!」 「びっ、くりした…。 ありがとう、優登」 「へへっ、今年は俺が1番だぜ!」 次男はそう言うと満足そうに笑い、じゃ!と手を上げて自室へと帰って行った。 たった一言を言いにわざわざ向かいの部屋から出てきたのか。 行動力のある弟だ。 思わず手を振り返してしまった。 くすくすと笑い声が聴こえてきて、通話をしていたのを思い出す。 「あ、お騒がせしました」 『いや、今年は負けたな。 来年はまた俺が1番だから今年は譲ってやるか』 ありのままの家の姿をみられるのはなんだか恥ずかしくて、だけどまるでそこに長岡もいる様なこの空気が擽ったい。 本来、三条の身体は1つしかないので長岡の部屋に泊まりに行けば直接弟からの祝福は祝日後になる。 それが、今年はリモートで長岡と会い、身体は自宅なので弟からの祝福だって受けられた。 考えようによっては贅沢だ。 そう考えた方が、よりしあわせになれる。 『改めて、誕生日おめでとう』 「ありがとうございます」 『会える様になったらまた言うけど本当におめでとう。 20歳か。 もう夜中一緒に外にいても捕まんねぇし、なにも気にしなくて良いな』 そうか。 例え恋人であろうと未成年を夜中に連れて出歩くのは成人している長岡にとってリスキーだったんだ。 長岡はなにも言わなかった。 一言もそんな事を口にしなかった。 素振りだって。 改めて、恋人の深い愛に守られていたのだと知る。 『遥登、来年はうんと祝おうな。 ホールケーキ食って、からあげと目玉焼きのっけたカレーも食おう。 ハンバーグも付けてやるよ』 「楽しみです!」 『あとは何して欲しい? 何が食いたい?』 「正宗さんと一緒が良いです」 『うん。 俺も』 見えない明日の事がこわくもある。 もし…を考えればキリがない。 だけど、どうせ誰も知らない明日なら希望をみたって良いだろ。 そうじゃなかったと落胆したって。 『もう酒飲めんだよな。 感慨深けぇな』 「そっか。 飲んで良いんですね」 『会える様になったら一緒に飲もうな』 「はいっ」 にこにこする三条につられ長岡もずっと口角を上げている。 学校じゃ決して見る事の出来ない本当の笑顔。 それが今年も見られる事が1番のプレゼントだ。

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