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第706話

画面の向こうの長岡は視線を手元にやり、ゆっくりと戻した。 …? そして、机に何かを置いたのかカタンと小さく音が聞こえた。 何を見ていたのか、その音はなんなのか画面越しでは分からない。 『楽しみにしとけ』 「?」 『今はまだ秘密』 「秘密、ですか?」 『そ。 秘密』 なんだろう。 穏やかな表情の長岡に、 胸がきゅぅっとした。 愛おしい。 恋しい。 なんと形容したら良いのかは分からない不思議な気持ち。 大切な、大切な気持ちだ。 いつの日か、長岡の部屋へ向かう為に走った雪道を思い出す様な不思議で懐かしい気持ちが溢れる。 『その方が俺に会うの楽しみだろ』 「なくても楽しみですよ」 『毎日楽しく過ごして欲しいだけだ。 楽しみは、なけりゃつくれば良い。 俺は、遥登に沢山作ってやりたいだけだ』 こうして顔を見て話せる事が今はとても楽しい。 勉強をして、恋人と話して、兄弟と遊んで。 美味しいご飯を3食食べて、弟の作ってくれたおやつを食べて、清潔な風呂に入り、あたたかな布団で寝る。 こんな時でも、きちんとしあわせはある。 大きなしあわせではないかもしれない。 我慢だってしなくてはいけない。 煩わしさが付き纏う。 だけど、小さな事でも楽しい事があるなら、それを見ていたい。 そうしたら、また長岡と笑えるから。 長岡と笑っている時がなによりも、しあわせだから。

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