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第762話

皿を流しに下げに行くと、三条が部屋で使っているマグカップがやけに目にはいった。 ずっと片付けられずに作業台の上に、見える場所に置いたままだ。 何時三条が部屋に来ても良いように、そして長岡が見ていたいから。 流し台に皿と箸を置くとそそくさもカメラの前へと戻った。 想像の恋人も良いがやっぱり本物の方がずっと良い。 なんたって戻って来ただけでこの笑顔だ。 「そういえば、遥登って酒飲んでるのか?」 『え…、そんなには。 毎日家に居ますし、なんか何もしてないのに飲むのは…って思ってしまって』 「…なぁ、少しだけ一緒に飲んでくれるか?」 『っ!!』 ぱっと顔色を良くさせ、尻尾が揺れる。 三条はとても分かりやすい。 だけど、これは三条を甘やかす為の言葉ではない。 長岡が三条と一緒に飲みたいだけ。 長く通話を繋げていたいから。 これは長岡が甘えている。 『はいっ。 あ、良いんですか』 「ちょっと飲みたい気分なんだよ。 付き合ってくれると嬉しいんだけどな」 『勿論です。 嬉しいです』 触れたいと思う表情にぐっときた。 感性が豊かなせいか、表情も豊かだ。 『持ってきます』 「転ぶなよ。 俺も用意してくるからゆっくりで大丈夫だからな」 『はい。 でも、すぐに戻ってきます』 この子のあの嬉しそうな顔を見ると元気が出てくる。 しあわせだと思える。 それは、心が擦りきれそうな今の世の中でとても大切な事だ。 今さっき押しを下ろしたばかりだがまた立ち上り長岡も酒を取りに行く。

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