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第765話
「可愛い事言って。
俺の事誑してどうすんだ」
『誑してませんって…。
でも…』
「でも、どうした?」
三条はハッとした顔をして、すぐになんでもないと言葉を飲み込んだ。
礼儀がしっかりしているのも好きだ。
尊敬もしている。
だけど、三条は遠慮し過ぎだ。
恋人ってのは平等だろ。
甘えて甘えられて、重い物は一緒に持って、悲しい時は寄り添っていたい。
それ以上のモノを三条から沢山、それこそ抱えきれない程貰っているんだ。
そう思う方が我が儘な訳じゃないよな。
「良いから言ってみ」
『ほんとに、なんでもないです』
「遥登」
『……』
やわらかな見た目に反して頑固だ。
だけど、そんな事で諦める長岡でもない。
そして、それを三条はよく理解している。
「はーる」
『……あ、の…』
「うん」
『………………会えるようになったら、あの…抱き付きたいです』
滅多に言われる事のない三条からのお強請りだ。
いや、お強請りなんてそんな大層な物ではない。
当たり前の感情。
だけど、いつも圧し殺しているであろう気持ちだ。
それを口にさせるだけ、この子は色んな物を抱えている。
1人きりで。
「当たり前だろ。
俺からも抱き締めても良いか?」
『あ…』
水分量を多くした目がやわらかく細められる。
溢れそうで溢れない涙が三条の目をキラキラさせている。
『はい』
「約束な」
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